2014年

5月

18日

Lac de Vioreau ヴィロー湖

 

友人からその彼女へのサプライズ二日目。

 

カートの後は私達の家に招待。

アペリティフ+夕食+お泊り で翌日は彼女も好きな魚釣りに。

シャトーブリアンからナント方面へ南下すること車で30分弱 ( ナントから35km )で Lac de vioreau ヴィロー湖 に到着します。

220 ha ( Lac de vioreau 180 ha、Le Petit vioreau 32 ha ) もあるこの大きな湖はブレストまで続くナント運河につながっているそうです。


豊かな自然に囲まれ、貴重な野鳥の宝庫にもなっているこの湖は一周が9 km程。

 

ジョギングする人、サイクリングする人、そして家族連れで散策する人達を良く見かけます。

 

湖岸に国立ヨット学校もあるのでこんな景色も良く見られます。

 

まだ行ってみたことはありませんがクライミングやアーチェリー、乗馬などを楽しむ場所もあるようです。

こんな物も人気があるようですね。

バランス感覚が難しそう、、、。

 

『 スタンドアップ・パドル・サーフィン 』(  大きなサーフボードの上でオール(パドル)を使い漕ぐ )

1960年代にワイキキで生まれたという事なので歴史は結構あるみたいです。

 

『 長距離を移動する事も可能であり、波や風の無いフラットな海水面でも楽しめる事から、ハワイでは子供から高齢者まで許容範囲の広いマリンスポーツとして注目されている。不安定なボードの上に乗ってバランスを取ることにより、股、太もも、首、ひざ等が鍛えられ、エクササイズ効果がある事も魅力の一つとされている。』 ( Wikipediaより )

そしてもちろんここはフランス、このくらいの規模の湖には必ず Plage 水浴場 があるのを忘れてはいけません。
フランス人、少しでも気温が上がると言い方は悪いですがすぐ脱ぎたがりますから。

そういえばかなり昔ですがリヨン郊外でホームステイをしていた際、そこのマダムが暑くなると水着で家の中を歩き回っていましたっけ。

 

大きな湖なのでこんな風にボートを持っていると色々な場所に自由に行けて便利ですね。

 

湖岸からだ釣糸の届く距離も限られていますし。

ここは Carpe 鯉 の穴場でもあるようです。

但し鯉とは言っても日本でよく見られるようなあんな可愛い物ではありません。

もちろん大小様々あるようですが、、、。彼らは大抵「釣り上げる事」を楽しんでいるだけで、全長、重量を図った後には水に返します。

本来なら明け方や日没間近が一番魚が釣れるのですが、出発が遅かったこともありこの日は収穫なし。

 

ただ、天気にも恵まれ気持ちの良い一日を過ごすことが出来ました。

0 コメント

2014年

5月

17日

Karting " Solokart " à Plessé プレッセの「ソロカート」でカート

昨年に一度、勤務先の催しで行った事のある ( 彼は参加、私はカメラマン ) 家から50分程の所にあるカート場に遊びに行ってきました。

写真がそれですが、ちなみにコースの左上のちょっとしたスペースがペイント場にもなっています。

遊園地などの「ゴーカード」とはまた少し違いますね。

ハンドルと右足のアクセルペダルと左足のブレーキペダルだけで操作が出来るのは一緒ですがやはり一番の違いは速さでしょうか。

 

『 ゴーカートがおおよそ20~30 km / 時 なのに対し、カートは50~90 km / 時 と原チャリと同等のスピードが出ます。
但し、カートの場合は地面からの距離がほとんど無い為に、体感速度が実際のスピードの2~3倍になります。
なので、最初のうちはアクセルを全開にすることすら難しいと思います。
また、例えスピードに慣れたとしても、スピード域によってカートをコントロールするテクニックのレベルも上がっていきます。
ですから、最高速度が90 km / 時 出るカートに乗る為には、一般的なスポーツカート( 最高速度 50km / 時 )で、規定のタイムをクリアしなければいけない等の制限が加えられているところがほとんどです。
遊園地のゴーカートは、気持ちに余裕を持って操作出来ると思います。スピンもよっぽどの事がない限りしないと思います。しかし、スポーツカートやレーシングカートは、ほんの少しのミスが事故や怪我に繋がる恐れが出てきます。
ですから、乗る為にはヘルメットやグローブ、長袖長ズボン等の着用が義務づけられているのです。 』

( 他の方のブログから )

友人が彼女を驚かしたいからと秘密裏に立てた計画に私達ものらせてもらいました。

「ちょっと二人で出かけよう。水着を持ってね」と誘い家を出てきたらしいのですが、GPSも行き先が彼女に悟られてはいけないので自分にしか見えない様に設置したり、私達には声をかけたけれどもペイントボールに出かけてしまったようだと嘘をついたり、、、と。

そんな彼に彼女はまんまと騙されてしまったようで、このサプライズにとても喜んでいました。

上左の写真

Mini-kart 120 cm3 (4,5 cv) 子供用7歳以上~

上右の写真

Kart 270 cm3 4T (9cv) 11歳以上、グループ用 速くて性能抜群

下左の写真
Kart RX250 (燃料噴射式) 4T (22cv) 15歳~ さらに速さと性能を追求する人
下右の写真 
Kart GT MAX (競技用モーター使用) (28.5cv) 15歳~ 十分なパイロット技術のある人
 
で、私たちが乗ったのは2番目のKart 270cm3。
建物の総面積は350㎡。
建物内ではカートに関係する用品(ヘルメットやつなぎ、その他カートの部品等)を販売していたり、バーもあったり。
またある程度のグループで来た時などには映像を見ながらのコースの説明、必要なテクニックなどの小ミーティングをここで行ってくれたりもします。
カートコースの総長は775m。
テラスからはカートコースが見渡せます。
また、希望者には無料でつなぎを貸してくれたりもします。パイロットになった気分になりますね。

私たちが選んだのこのパック。

10 分 × 3 回で 40 €。

たかが10分、されど10分ですね。

結構長いです。緊張しているせいもあるかと思いますが、3回目を終わった時にはすっかり疲れてしまっていました。

 

1回目はお昼すぎだった為かまだあまり人がおらず、私達だけ(5人)で廻ることが出来ました。 

2回目以降は他のグループやクラブに登録している人達が終わるのを待ってから(約20分間のインターバル)の走行。

それでも沢山の人がいたので他のグループとも一緒に走行(最大25名まで)することに。

20名以上はいたでしょうか、5人の時とはまたプレッシャーが違ってきますね。

抜きつ抜かれつ、、、(と言っても私は抜かされてばかりでしたが)のスリリング出てきます。

5人で走行した時には私は断トツの最下位。

彼に3回、他の3人に2回も抜かされてしまいました、、、。

遊園地のゴーカードは経験があるのですが、これは全く初めての経験。元々スピードが出るものはあまり好きな方ではない上、とにかくしっかりと走る事を考えていたし(スピンしたり、コース外に出ない様に、、、など)、皆に迷惑をかけないようにコースの外側をなるべく走るようにしていたので。

というのは言い訳にしか聞こえませんね。

 

それぞれの走行ごとに、順位はもちろん周回数や最高速度、平均速度等を出してくれます。

1周辺り皆55から57秒程で廻っているのに、私は1回目の走行では1分20秒近くかけてしまっていたようです。

これでは何度も追いつかれるのは当たり前ですね。

その後他のグループの走行を見学していた際、断トツで最下位を走っている人の姿を見て、「いくらなんでも私はこんなには遅くはないだろう」と思っていたのですが、結果が張り出されたのを見て、唖然。

私と変わらないタイムだったのです。

他人から見たらあんなに遅く走っていたのか、とかなりショックを受けました。

遊びとはいえ、恥じ?はかきたくないので、2回目以降はコーナリングに気を付けたり、直線ではアクセルをほぼ全開にするように頑張ったり、、、そしてなんとなんとおじさん二人組を周回遅れにする事が出来たのです。

うーん、抜かすのって気持ちが良いですね。

とは言え、相変わらず仲間たちには1~2週差を付けられてしまっていましたが。

 

仲間内で一番早かった人は 54秒 / 周、最高速度 49㎞ / 時、で私はと言うと 1分02秒 / 周 ( それでも大分短縮しましたよね )、最高速度 44㎞ / 時。

 

建物の裏手にはこんな表彰台もあって記念撮影が出来る様になっています。
ご丁寧にフランス国歌 ラ・マルセイエーズ を流せるようにもなっていて。

 

彼らは結局 10 分 × 1 回分 を追加 ( 私は不参加でカメラマン ) 。

4回目終了後には腕も足もガクガクになりもうこれ以上は出来ないという状態にさすがになったようですが。

ペイントボール通の彼ら。

カート場のオーナーにペイントボール用具に関して色々アドバイスしてあげたからか、この最後の一回分 ( × 4人 )を 無料にしてくれました。

ふふふ、ラッキーですね。

日本はどうか分かりませんが、こちらは結構こういう風に話をしたりすると良い思いをする事が結構あるのですよね。

 

という訳で私以外は、10分 × 4回 で 40 € 。つまり 1 € / 分 という計算。

高いと思うか、妥当な金額だと思うかは人それぞれ、価値観にもよるかと思いますが。

もちろん私達もそう何回も出来るような経済状態ではありません。

年に1回くらいであればこのくらい出費してもまあ許されますかね。

0 コメント

2014年

5月

15日

restaurant rapide Quick バーガーチェーン クイック

「 ここ何年も Quick に行っていない。パリに行けば絶対にどこかに Quick があるはず( 彼 )。 」

 

と今回のパリ小旅行、「なんとしても Quick に寄る」というのが何時の間にか目的の一つになってしまっていました。

Quick  ( 英語の 「スピーディー」 から取った名前 ) は1971年にベルギーで開業され ( Schoten  と Waterloo  の2店舗。スーパーマーケットの駐車場に造られたとか。) 、1980年代にフランスに根を下ろしたマクドナルドと対抗するヨーロッパのハンバーガーチェーンの一つ。

写真の様な赤い看板、見たことがある方も多いのではないでしょうか。

2007年以降はフランス資本の会社になっています。

 

開業当時は毎日人の手でフライドポテト用のジャガイモが皮むきされていたとか。

 

フランスの第一号店はエクサンプロバンス はミラボー大通りのそれで、1980年7月19日に営業が開始されています。

そういえばエクスに住んでいた当時何度か Quick を利用することがありましたが、店内の壁にそのような記念のプレートが飾られていた記憶があります。

 

そんな Quick ですが。

 

1983年にルクセンブルクに進出すると同年にはサラダメニューが追加されたり、また Service au volant ( 直訳するとハンドルへのサービス ) つまり 「 ドライブスルー 」  ( フランスでは 「 ドライブ 」 と単に言う事が多いかもしれません ) が開始されました。

 

1997年にフランスから撤退する Burger King の一部を買い取り、1999年にはフランス国内に407店舗を持つまでになりました。

が、 

2001年にレユニオン島に店舗を出すものの、2000年1月にはオランダから撤退、2001年~2004年の間にフランス国内の33店舗、ベルギーの37店舗、その他16店舗、合計86店舗を閉店、また2001年末にはハンガリーから、そして2002年7月にはスロベニアから撤退せざるを得なくなってしまったように経営はそう簡単ではなかったようです。

 

その後時代の流れに沿って、全ての食品に栄養表示を載せる様にしたり、2007年にはじゃがいもに、2009年からはステーキにも塩を使用しないようにするなど、栄養管理の徹底を図るようになりました。

それでも営業不振からアルジェリアやロシア ( モスクワとトゥーラ ) 、スペイン ( バルセロナ )店舗の閉店は避けなれなかったようです。

 

なかなか難しいですね。巨大な敵マクドナルドがやはりいるからでしょうか。

そんな強大なマクドナルドに対抗するためでしょうか。

今日に至るまで Quick のみがハラルミート ( イスラム教の教えに則った認可食品 ) を使用しているとか。

 

2013年8月1日からはさらにラマダン(断食)用の営業時間(それまでの22時~23時閉店を0時~深夜1時に延長)を設けてもいるようです。

 

* 2010年頭、クイックチェーンのうち7店舗がハラル対応に即して豚肉を完全に排除するため、ベーコン入りの「バーガー・ストロング・ベーコン」の取り扱いを終了。ムスリム系顧客はこのクイックの対応を歓迎した。

2010年9月にはハラル対応店舗の数を20店舗以上に増やしている。

そんな20年以上の間ライバル争いをしているベルギー産 Quick とアメリカ産マクドナルドですが。

前者は7か国 ( フランス、ベルギー、ルクセンブルク、レユニオン、ロシア、ニューカレドニア、マルティニック ) で493店舗 ( うち80%がフランス国内 ) 、後者はフランス国内だけで1285店舗とかなりの差がついています。

それでもフランスのバーガーチェーンの26.5%を占める Quick はフランスでは唯一のマクドナルドの対抗馬と言えるでしょうか。

Mega Giant やLong Chicken、King Fishなどハンバーガーの名前からはヨーロッパらしさを感じることは出来ませんが、「他のハンバーガーチェーンと味に違いがある!!」と宣伝しているように Quick はマクドナルドの「甘味と酸味」に対して「塩味と苦味」を追及しているとのこと。

 

私の彼もパンの違いがどうのこうのというより、 Quick のソースが好きと言っています。
確かにそう言われれば Quick の方がソースに力を入れているような気にも。

私はマックより Quick よりロッテリアのテリヤキバーガー ( 今でもあるのでしょうか? )が 一番のお気に入りなのですが、残念ながらこちらでは食べることが出来ません。

 

左が Quick のメニュー例、真ん中がマックのそれ。

右は Quick のドリンクサービスコーナー。

全ての Quick 店舗にあるわけではないようですが、ドリンク付きのメニュー、或いはドリンクを単品で頼むとそれにあったサイズのカップを手渡されるので店内に設置されているマシンに行き自分で給仕します。パリのそれにはありました。

どの飲み物を選んでも自由ですし、何度でもお代り可能。

かと言ってそう何杯も飲む人もいないでしょうし、他のチェーン店と差別化を図り集客を産むには一つの良い案ではないでしょうか。

 

今回の旅行で Quick に2回も(!!)行けて(出発日のパリ近郊で、と帰宅日の高速道路のサービスエリアで)彼も満足していた様でした。

次回はいつになるでしょうか、ね。

0 コメント

2014年

5月

14日

パリ小旅行 3日目(5月10日) Go Park でペイントボール Part 2

さて肝心のペイントボールの料金は以下の通り。

インドアペイントボールパッケージ料金 ( マーカー、ペイント弾、指導員 )

 
1 時間 + 100 発 : 12,90 €  
1 時間 + 300 発 : 22,90 €   
2 時間 + 400 発 : 32,90 €  
2 時間 + 600 発 : 39,90 €  

* ウィークエンドと祝祭日 追加料金 3 € / 人
* 3月29日~6月30日 毎土曜日14時~18時 追加料金 6 € / 人

 

その他

追加ペイントボール弾 6 € / 100 発

オンボードカメラ 25 €

うさぎのコスチューム 19 €

私は 1 時間 100 発 コースで十分かと思ったのですが、結局皆と同じ 1 時間 3 00 発 コースに。

足りなければ後から追加購入することも出来るので初心者の方は100発で十分だと。心臓がドキドキ、息も荒くなってなかなか打つどころではないのが普通かと思いますから。

 

ここではマーカーには既に200発が入っていて、足りなくなったら受け付けでもらったコインで自動販売機から100発入りのボトルを取り出すシステム。

結局私はその100発入りのボトル+もともとマーカーに入っていた弾の3分の1くらいを彼にあげました。

 

何でもかんでも打ちまくるのではなく、かなり狙って打つタイプなので。

日常生活同様節約型ということでしょうか。

ペイントボールプレーヤーの彼はその逆でとにかく(もちろん必要な時にですが)打つタイプ。甥っ子からも弾をもらっていたので500発以上は使ったのではないでしょうか。

こちらも日常生活同様消費型ですかね、ははは。

甥っ子は、しゃがまなくても十分障害物の影に隠れられるその小ささを利用してちょこまか動き回り、大分活躍していました。

県警のお兄さんと、その同僚 はスナイパー型。

その同僚の方は実生活でも要人警護のスナイパーをしているのだそう。

でも実戦とペイントボールでは随分勝手が違うようですね。
二人とも後ろから回り込んで当てちゃいました。

同僚の子供達 ( 14歳の男の子と12歳の女の子 ) も初めての経験だったようです。

女の子の方は後ろに控えて打つのも控えめだったのですが、それでもかなり楽しかったと。

 

 ただ気になるのが、今回に限らず今までも度々耳にする事があったのですが

マーカー ( フランス語では lanceur  ランサーと言う ) の事を arme 「 武器 」 と言ったり、人に弾を当てる事 ( 本来なら toucher トゥシェー 「 触る・当てる 」 と言う )を tuer チュエー 「 殺す 」 と言ったりする人がいる事。 

甥っ子も含めたこの子供達もそうだったのですが、そういう言葉を簡単には使ってはいけないと注意しておきました。

 

映画やドラマ、テレビゲームなどからの影響なのでしょうが、こういう言葉が口から抵抗なく出てくる事を恐ろしく感じます。

だからと言って彼らが実際に tuer する事はないのは分かっていますが、口にする言葉は思想にも繋がっていると思うので大人がしっかりと正してあげることが大事だと思います

 

残念ながら大人にもそういう言葉を軽く使う人は沢山いるのですが、こういった人達がスポーツの一つであるペイントボールを「戦争ごっこ」というイメージにしてしまっているのですよね。

さすがに週末という事もあり、かなりのグループが来ていました。

フィールドが一面しかなく入れ替わり立ち代わりでやっていたという事ももちろんあり、一時間パッケージと言っても実際にペイントボールをしていたのが一時間程、待機している時間は含まれなかったので、結局2時間くらいはペイントボール場にいたことになりますか。

良い汗はかきました。初めての人達も楽しんでいたようで良かったかと。

けれども土曜日の14時~18時までの追加料金もあったので、28,90€ / 人 というのは高いかなというのが私たちの印象でした。

0 コメント

2014年

5月

13日

パリ小旅行 3日目(5月10日) Go Park でペイントボール Part 1

ペイントボールプレーヤーの彼。

パリに行ってもその機会は逃しません。

 

シャルル・ド・ゴール空港近くのお兄さん宅からパリ市内を挟んで正反対側のやはりパリ郊外 ( 市内から25km ) に見つけました、インドアペイントボール場。

 

総合アミューズメントパーク " Go Park " 。

ちなみにインドアだけでもかなり充実した設備なのに、インドアのある Pontoise からさらに北上したパリ市内から35分程の Hénouville という所にアウトドア専用のパークも持っているとのこと。

 

こちらはなんと総面積 8ha 。
その中に趣向をそれぞれ違えた9つのペイントボール用のフィールドがあるそうです ( 最大収容人数400人 ) 。

 

その他にも人間ベビーフットがあったり希望によりスクラッチウォールなどの遊具も用意できるようです。


9つのフィールドなんて、そうそうお目にかかれないので興味津々だったのですが、今回は11歳になる甥っ子がいたので ( アウトドアでのペイントボールは12歳以上から ) インドアの方へ ( こちらは10歳から ) 。

スピードボール用のフィールド ( エアー障害物のある競技用のペイントボール場 ) の他にフットサルが4面、その他にも相撲ゲームや機械ロデオが出来たりもします。

もちろんそれぞれ別料金ですが。

この施設は祝祭日を含めた毎日10時から23時まで営業しています。

バスも頻繁に通っているみたいなので仕事帰りや学校帰りにも気軽に寄れますね。

 

フランス人は Enterrement de vie de célibataire ( 新郎、新婦が独身最後の夜を同性の友人と過ごすパーティーのこと ) の習慣があるのですが、近年では特に新郎側でペイントボールなどをそういった行事に充てることも多くなってきているようです。

 

 

この日もそんな感じの男性陣がペイントボールを楽しんでいました。

写真の様なうさぎを見かけたら大抵は新郎(新婦)になる人だと思って間違えがないでしょう。

恐らく同じカップルだったのではないでしょうか。女性陣は隣で相撲ゲームに興じていました。

 

違った趣味を持つ人達でも一緒に来れるというのがアミューズメントパークの強みでしょうか。

2階が受付とバー。

奥 ( 扉の向こう側 ) のバルコニーで一階ホールが全て見渡せるようになっています。
ここで観覧しながらのピクニックも可能。

ペイントボールを含め施設利用料はそれなりにするのでこういったサービスは(飲食の持ち込み可能)嬉しいですよね。

 

なかなか良くできた施設で参考になりました。

 http://www.gopark.fr/

0 コメント

2014年

5月

12日

パリ小旅行 2日目(5月9日) part 4 パリのカフェ

ナポレオン3世の発案により、1875年に誕生した歌劇場 オペラ・ガルニエ。
パリ中心部の代名詞ともなっていますね。

 

この辺りは日本レストラン、日本(アジア)食料品店、その他日本人向けの商店が多数立地している事でも知られているかと思いますが。

大通りから一歩中に入るとあちらこちらに日本語の看板が掲げられていて、その数の多さに本当にびっくりしてしまいます。

日本語のみでならず、日本の食事、文化の中のみで生活できてしまいそうです。

折角異国にいるのにそういった生活にどっぷり浸かってしまうのは私は残念に思うのですが。

たまに恋しくなって来るくらいが良いかと。

ちなみにシャトーブリアンは以前にも話したかと思いますが日本人は私とレンヌに住んでいてたまに義両親の家に遊びに来るMさんのみなので全く日本語を使う機会はありませんし日本レストランもありません。
最近ではスーパーのアジア食品コーナーも大分充実してきたように思いますが、私の彼もそうアジア料理に興味がある方ではないので、縁遠いですね。

折角なのでこのオペラ座に続く大通りでカフェタイムとする事に。

 

昼食時と同様、どこもテラス席は一杯。

本当に好きなんですよね、フランス人はテラスが。

どんなにわずかな太陽の光でも我先に寄ってくる。

 

ところでフランスでのこのテラス席ですが、どのようにしてできたのでしょうか?

他の方のブログからですが
 
『 当時フランスのカフェは室内が禁煙でした。

煙だらけのイギリスのコーヒーハウスと比べると正反対の方針であるところが面白いですね。

ただタバコを吸う人は今も昔も多かったパリ。

喫煙者のためのスペースとして外側の席が設けられました。

この喫煙者用の席が徐々に発達して現在のテラス席になりました。

現在ではテラス席のほうが人気で、天気のいい日には多くのパリジャンで埋まっているのもパリおなじみの風景といえます。

またフランス人は日焼けをすることが好きなので、日光の当たるテラス席は屋内席と比べて人気です。

バカンスシーズン、時間的・金銭的理由でパリを離れられなかったパリジャンは、せめて公園やカフェのテラスで日光を浴びて「バカンス風」の日焼けをします。

初夏のパリ、カフェのテラスでゆっくり休むことほどパリらしい体験はないかもしれません。 』

 

、、、という事の様です。

この写真はあくまでもイメージですが、私たちの入ったカフェもこんな感じにやはりテラスにはぎっちりと隙間のないほど席が設けられていました。全て道路向きで。

 

恐らく外国人であった店員さんはパリにしては(?)珍しく愛想が良く、頼んでもいないのに水まで一緒に持ってきてくれました。

 

が、店員さんの愛想の良さもこのサービスの良さも何故だったか清算の際に分かりました。

エスプレッソ 2 杯で何と 8 € !!

テラス料金とも書かれていましたが、それにしても3口ほどで終わってしまうコーヒーが 4 € / 杯 とは。

あのリゾート地シャモニーでさえもこんな高額なコーヒーは飲んだことがありません。

もちろん大きなカップに入ったカフェオレは 4 ~ 5 € くらいはしていましたが、エスプレッソはどんなに高くても 2,5 € 程。

コーヒーの原価などたかが知れていますよね。

家賃がきっと高いからのでしょうけれども、これならすぐ近くにあったスターバックスに入った方が良かったかも、、、と思った次第でした(ただテラスが無かったのですよね)。

これだけの料金を取っているのだから店員さんは愛想良くしないわけにはいかないですよね。

可哀想なのは店員さん。この料金だったらチップを置いていく人などほとんどいないでしょう。

 

ちょっと脇道に入った方がきっと感じの良い、リーズナブルなカフェがあるはずです。

皆さん、良く探してみて下さいね。

0 コメント

2014年

5月

11日

パリ小旅行 2日目(5月9日) part 3 Musée du Louvre ルーヴル美術館

当初はヴェルサイユ宮殿見学の予定だったのですが、彼がエジプト関係の遺産や現代美術が見たい ( 彼は抽象画を描くのが好き、、、ただ今回現代美術は展示されていませんでした ) という事で Musée du Louvre ルーヴル美術館に変更。

 このルーブル美術館、休館日の火曜日以外は毎朝9時から18時まで、水曜日と金曜日は21時45分まで開館しています。

ご存知の方も多いとは思いますが、ルーブル美術館には3つの入り口があります。

 ピラミッド中央カルーゼル・ギャラリーそしてパッサージュ・リシュリュー。

人気のあるのはもちろんピラミッド中央入口。

ヴァカンスや連休中は大変込み合うので状況をみて空いている入り口を選ぶのが賢明です。

一度チケットを購入すれば、何回でも出入りできるので(購入済みのチケットを見せるだけ、またチケット購入者とは別の扉から入れる)、ピラミッド入口は後からでも通ることが出来ます。

また真夏にはペットボトルなどを持参してくる方が良いかと。

(入場の際には鞄の中を見せるだけで取り上げられることはないので)

ヴァカンス期間中などは炎天下の中長時間チケット購入の為に待たなければいけなくなることは必須。

その際良く見かけられるのがミネラルウオーターのペットボトルを個人的に販売する人たち。差別ではありませんが、やはり黒人やアラブ系、そしてロマの人達がほとんどかと。

衛生上の問題もあったりしますし(賞味期限切れの物や、警察に見つからない様に下水道などに隠していたり、、、など)ぼったくりもぼったくりの金額なのでなるべく避けた方が良いかと思います。

Diane de Versailles ヴェルサイユのディアナが迎えてくれた先にはAphrodite Vénus de Milo アフロディーテ「ミロのヴィーナス」が待っていました。

 

その先の古代エジプト美術も見ごたえがありました。

この時代の事、もっと勉強していれば良かったなと思うくらいのコレクションの数々。

 

イタリア、スペインそしてフランス絵画と見て回りましたが、私の彼が一番感銘を受けていたのがウジェーヌ・ドラクロワの Le 28 Juillet Lq liberté guidant le peuple 「 民衆を導く自由の女神 」。やはりフランス人ですね。彼曰く、これ程大きな絵画だとは思わなかったと。圧倒されていました。

 

折角なので有名どころは見ておこうかとモナリザの前まで行ったのですが、やはりすごい人だかりで近寄ることが出来ませんでした。
と言っても元々柵に覆われてしまっていてかなりの遠距離でしか見ることが出来なくなってしまっているのですけれども。

以前両親と行った際にはガラス張りのケースに入っていたものの、すぐ目の前で見ることが出来ていたので本当に残念です。

これでは本当に絵画を味わう事は出来ないかと思うのですが、、、。

それにしても何故この絵だけこれだけ人気があるのでしょうかね。

 

 

ルーヴル美術館 ( ナポレオン・ホールでの企画展を除く ) とウジェーヌ・ドラクロワ美術館のチケットは13€ ( 全ての企画展にもアクセスできる共通券は16€ ) で当日限り有効。

夜間チケットも同様の13€。

 

当日であれば何度でも入退場可能。

一度入ってしまったら美術館内の飲食店を利用するしかないという事がないのは良いですよね。

朝から入場し昼に外で食事も兼ねた一時休憩。

その間にすぐ近くにあるノートルダム寺院を見学しに行ったりするのも良いでしょうし。
昼の休憩の間に見学の順路等の計画を立てて直してから午後に再び入場する、、、そんな風にしてこの広大な美術館を一日ゆっくり使って見て回れるのは嬉しいですね。
( 残念ながら団体観光客の方はこの例ではないでしょうが )

 

また以下の方は無料で閲覧できるそうです。

- 18才未満の方

  • - 失業者、RMI受給者(6ヶ月以内に発行された証明書の提示が必要となります。)
  • - 美術美学史、デザイン、造形美術の現役教員の方(指導教科を明記した証明書の提示が必要となります。)
  • - 芸術家会館(Maison des Artistes)とAIAP国際造形作家協会メンバーの造形美術家
  • - EU圏とノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン公国に居住する18才から25才までのすべての国籍の青少年

 

そして10月から3月までの毎月第1日曜日は無料で開放されているそうですし、毎週金曜日の18時以降の夜間開館では26才未満の方は無料となるそうです。

事前にやはり色々調べることは大事ですね。

大金を持て余している、、、という人は別でしょうが。一般庶民の私たちにとっては少しでも節約することは大事かと。

ルーヴル美術館の公式サイトに行けば事前に自分の好みにあった見学ルートを探し出してくれるみたいなので時間の節約にもなりますよ。

本当に大きな美術館なのできちんと目指すものを知っていった方が良いかとも。

あまり時間が無く来てしまったのが残念。

ナポレオン三世が居住していた間とかも見に行きたかったのですが。

 

時間のある方はぜひ一日かけるつもりで行って見て下さい。

0 コメント

2014年

5月

10日

パリ小旅行 2日目 ( 5月9日 ) Part 2

丁度お昼近くに市内に着いたので、取り敢えずレストラン探し。
ルーブル美術館を見学する予定で地下鉄 Palais Royal パレ・ロワイヤル 駅で降りたのですが、そう遠くもないので quartier latin  カルティエ・ラタンの方まで歩いて行ってみることに。
リーズナブルながら小粋なお店があるかと思い。

 

シャトーブリアンと違い、あまりの数のレストランに選ぶのが逆に大変でした。

こういう時はネットを活用して下調べをしてきた方が良いですね。時間の節約にもなるし、アドバイザーの意見は外れることはないでしょうから。

 

外見からはこれといって気に入ったお店は無く、さすがにかなりお腹が空いてきたので丁度テラスの席が空いていたブルゴーニュ地方料理を扱うレストランに入りました。

フランス人は本当にテラスが好きですよね。

こんなに車道の直ぐ近くなのに店内はほとんど人がおらず、テラス席は私たちが座ったのが最後の一席。

屋内で喫煙できなくなったというのも影響しているかとは思いますが。

左が私が注文した茹でたジャガイモ付きのリヨン風ソーセージ。

右が彼が注文した牛肉のタルタルステーキ。

 

どちらもメインメニューから。
メインメニューにはこれら以外にも後2、3品あったのですが、いずれも 15€/品 程。

 

今時15€も出せばそれなりに良い物、或はボリュームもある物が食べれるのですが。

それにしてはボリュームアップを狙っての付け合わせのグリーンサラダばかりが目立ち、、、。

ジャガイモは大分水に浸かってしまっていたような色に味。
ソーセージのスライスも数えるほどしかなく、切り口、そしてその淡白な味からして冷凍物を茹でたのではないかと。

 

彼のタルタルステーキにしても冷凍物ではないかと思われる程新鮮さのない味だったよう。

 

オーダーして5分以内で出てくるくらいなので、きちんと「料理された物」ではなかったのでしょう。

まあこの近くのレストラン、近くを通りながら食事中の方々のお皿の中を拝見させてもらっていたのですが、同じ様に「観光客目当て」の物が多かったですね。

 

先程も言ったように次回は事前にしっかりと勉強し、評判の良いレストランを選ぶようにしようと思います。同じお金を払うのだったら美味しい物が食べたいですものね。

0 コメント

2014年

5月

09日

ロマとは

パリ観光記の前にロマに関してもう一度まとめてみました

Roma ロマ : 

 ジプシー ( 現在は差別用語となっている ) と呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族であり、移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。( wikipedia より以下同様 )

 

 

1971年の第1回世界ロマ会議以降は、多くの集団の自称である Roma を呼称とすることが提唱され、EU はじめ各国の行政などもこの名称を採用しているが、フランスではTsigane チガーヌと呼ばれることも多々ある。


欧州に暮らすロマの人口は推定1000万~1200万人。

ルーマニア185万人、ブルガリア75万人、スペイン72万5000人、ハンガリー70万人、スロバキア49万人、フランス40万人、ギリシャ26万5000人、チェコ22万5000人、イタリア14万人など。

 

フランスにはRoma の中にさらに大別して「マヌーシュ」「ジタン」「ロム」と呼ばれる三つの主なグループが存在します。

 

Roms  ロム :

ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、スロバキア、セルビア、ハンガリー出身のロマでヨーロッパ内のそれの85%を占める。
第2次世界大戦後の翌日から、そして1970年代、1990年代に彼らのフランスへの移住の波が記録されている。

 

Sintés シンティ ( フランスではManouches マヌーシュと呼ばれる ) :

15世紀頃からドイツ語圏やイタリア、フランスに定住したロマと同根のロマニ系の集団。

ヨーロッパ内のロマの15%を占める。

 

Gitans ジタン :

スペイン、ポルトガルやフランス南部に定住するロマ。

ヨーロッパ内のロマの10%を占める。

 

また良く 「 gens du voyage  ジャン・ド・ヴォワヤージュ 」 ( 旅する人々 ) という言葉も耳にしますが、これは1969年3月に法で定められた行政用の言葉で定義はフランス国内を年6か月以上住所不定で移動しながら生活する人々の事。
ロマ全体でその数は40万人に上り、さらにその大半がフランス国民であるという事。

 

フランスではロマの子供たちに教育を進めているようですが、残念ながら親達が拒んでいるのが現状らしく。

子供たちは大切な稼ぎ頭なので勉強など必要ないという事なのでしょうか。

 

2007年には15歳のロマの女の子がスーパーの前で赤ん坊を売っていたというニュースもあったようです。

 

テレビでよく見るのはロマの少女達が集団でメトロ内でスリを働いている映像。

観光客の周りに数人が群がって来て、観光客がそのうちの一人に気を取られている間に他の者がポケットの中に手を忍ばせる、、、。

また最近では銀行のキャッシュディスペンサーでお金を引き出そうとしている人に後ろから何人かで近づいて、やはり一人に気を取られている間に他の物が引き出されたお金を盗む、、、という手口も多くなっているようです。

 

メトロ入り口や商店の前などで赤ん坊を連れながら物乞いをしている人。その大半ははやはりロマ。

 

ここ数年、私の町の周りでも空き巣が頻繁に行われるようになってしまっています ( 彼の両親の家もやられてしまいました ) 。

彼らの狙いは金製の物。金の市場価格が高騰している為。
空き巣、、、と言っても中には住人が家にいる中での犯行もあるようでその手口は巧妙。

そしてやはりこれらも大半はロマの犯行であると。

共存出来れば勿論良いのですが、こういった現状を見てしまうとフランス人の彼らの対する嫌悪感も分からないでもありません。

 

以下、フランス大使館のページにもやはりロマの問題が書かれています。

 

http://www.ambafrance-jp.org/article4087

0 コメント

2014年

5月

09日

パリ小旅行 2日目

パリと言えばやはりこういった風景でしょうか。
 義兄 ( 私より年下ですが ) は仕事だったので彼と二人でパリ観光をしてきました。

昨日は曇り時々雨という天気だったのですが、今日は晴れ間も見える暖かな一日となりました。

パリ市内に入るのは何年振りになるでしょうか。もしかしたらゆうに10年以上経っているかもしれません。
当時よりもさらに治安が悪化しているパリ。

義兄家族から前日に以下の様な注意を受けました。

まあ今まで基本的にやっていた事なのでそう身構える事はありませんでしたけれども。


* 観光客に見えない様に振る舞う

 ・ 特に駅構内で、事前にある程度乗降駅等の情報を頭に入れあまり路線地図などを見ないようにする。

* 電車内で出入り口付近には立たないようにする

 ・ ドアが閉まる寸前に物を盗まれ、そのまま逃げられてしまう危険性が高い為

* 鞄は肩から斜め掛けにするようにする

 ・ 通り過ぎがてらにひったくられる危険性が高い為

* 最新の携帯電話などは出来るだけ人前で利用しないようにする

また、RER ( パリ高速鉄道 ) に乗ったら進行方向の右側に座るようにして外を見てみると良いよ、と甥っ子に言われたのですが。
何でもパリ ( に限らずフランス全体)の今の問題が良く見て取れるとの事。

なるほど、暫くすると路線沿いに写真の様な光景が続くのが目に入ってきました。

 

これはロマと呼ばれる人たちのキャンプ施設。
ロマとは昔から放浪、移動生活を習慣としている人々の事。

ジプシーという呼び名が日本では馴染みがあるかと思いますが、それが差別用語となった今ではロマと呼ばれるようになっています。

 

このようなキャンプがフランス国内には300以上あるそうです。

EUが域内の人の移動を認めているので以前は特に東欧諸国に留まっていたロマ人達が次々に豊かさの期待できる西の地にやって来るようになっているのです。

 

* シェンゲン域内(ヨーロッパの国家間で国境検査なしで移動できる区域)の移動の自由をEUが承認

 

それでも法の定める3ヵ月以内に職に就けなかった者は「不法滞在者」とみなし、先のサルコジ政権ではキャンプの強制撤去や現金の移住費用を与えて「自主送還」という形で国外退去させる等の政策を取っていました。

 

 

 * 「帰国援助費」 : 自主的に帰国する人々に飛行機のチケット代+大人は300ユーロ、子供は100ユーロを支払うという帰国奨励策。

 

放浪するロマ人はえてして「犯罪者の温床」とみなされています。
その歴史は長く、ルイ14世時代にもロマ人男性はガレー船送りに、女性と子供は髪を剃って救済院に強制収容されていたようですし、第二次世界大戦中には、ナチスによって、ユダヤ人と共に強制収容所に送られ、劣等民族として断種手術を施されたこともあったそうです。

 

『 定職につくことが出来ず、国境を越えて流浪の旅を繰り返すロマ人たちは、少しでも豊かさの期待できる地へやってくる。しかし、彼らがつける職はなく、定住の地も与えられない。結局、不況などを契機に社会的軋轢が高まると、出身国への強制送還措置などが実施されてきた。人口比でロマ人が多いルーマニアやブルガリアなどに追い戻される。しかし、そこにも永住の地はない。定住の地が保証されないために、教育を受ける機会も十分ではない。安定した職業に就く者も少なく、現代の産業が要求するような熟練も身につかない。建築現場での下働き、鍋釜の修理、刃物研ぎなどの簡単な仕事だ。それもしばしば歓迎されない。結局、彼らはこれまでのように放浪の旅を続けることになる。何ら進歩のない同じことの繰り返しが続いてきた。 』 ( 某ブログより )

こういった事情を考えると彼らに同情もしてしまいますが。

難しいですよね。

ロマ人の全てが悪いわけではないのはフランス人誰でも承知しているのでしょうが、

実際にパリにおける窃盗犯罪の5人に1人、さらに子供の窃盗犯の4人に1人はロマであるという統計などが出されてしまうと(2010年8月)そういった目で見ざるを得ないのかもしれません。

さらに自らも不況の波にもまれているというのに、彼らの生活保護の為、或は先にも述べた「帰国援助費」(家族に会う為などにこれを利用し、しばらくしてから再びフランスにやって来る人たちも少なくないとか)などの為に自分達の税金が使われているという事実に不快感を示す人が多いのは分からないでもありません。

 

しかし駅構内、電車内に出没するロマ人少女の窃盗グループは今では当たり前の話になってしまっていますし、赤ん坊を連れた女性の物乞いなども都市では珍しくありません。

 

少年少女達によるこの様な窃盗などの軽犯罪はその場での注意しか出来なかったりするので、大抵は裏で彼らを操っている大人がいるのですよね。

 

上記の某ブログ抜粋にもあるようになかな解決しがたい問題です。

と、そんな事を考えているうちにパリ市内に電車が到着しました。

さてパリ観光といきましょうか。

0 コメント

2014年

5月

08日

ロングウィークエンド 第2弾 パリ小旅行

というわけで木曜日の今日は祝日。

金曜日を挟んでの飛び石連休 ( 休日が平日を挟んで並ぶこと  ) ですが、有難いことに私の勤める工場は5月1日(木)の時と同様、金曜日も工場自体を休みにしてくれるので木~日曜日までのロングウィークエンドとなります。

 

このように休日と休日の間の平日も休みにする事をこちらでは 「 faire le pont フェール ル ポン ( 直訳 : 橋を架ける ) 」 と言います。

 

今月はまだこれだけでは終わりません。

5月28日(またしても木曜日!!)は Ascension アッサンシオンと言ってキリスト昇天祭の為祝日 。

ここでも私の工場は faire le pont をしてくれるので3度目の4連休が待っています。

 

ただその欠けてしまった日数分を労働日で補うためこの5月からヴァカンスで工場が一時的に閉鎖される7月中旬まで30分/日余計に働かなければいけないのですが。

7時間/日労働が7時間半になるだけなので大したことは無いと言えばそうなのでしょうが、朝番の私は5時40分開始の所が5時10分に。

朝の30分の違いはきついですよね。

まあこれだけお休みがもらえるのですから文句を言ってはいけないのでしょうけれども。

サービス業に勤めていたシャモニー時代にはこういった祝日は稼ぎ時、とてもとてもお休みがもらえる事なんてありませんでしたしね。

今まではこういった連休があっても主に経済的な理由から遠出をする事はほとんど無かったのですが、母の事があった後には「今出来ることはなるべくやる」ようにしなければいけないかと思うようになり、、、。

という訳でこの連休は、彼の兄夫婦が住むパリに行ってきました。

弟夫婦同様、この2月に新たに男の子が生れていたのにまだ会ったことがないのでこれも良い機会かと。

連休で高速道路は混んでいるのではないかと心配していたのですが、この時期は逆方面、つまり海岸線を目指して行く車の方が多く、こちらは渋滞もなく4時間強程(予定時間通り)ですんなり目的地に着く事が出来ました。

 

すんなり、、、と言ってももちろんパリの幹線道路内はやはりかなり緊張しました ( 日本の都内同様あちらこちらから車が入ってくる!! )が。平日よりも車が少なかったので助かりました。田舎者はやはり都会の道には慣れていませんからね。

兄夫婦の家はパリから25km程郊外に行った Louvres ルーブル(美術館と同じですが、これは町の名前です)にあります。

彼の兄が県警としてパリ・シャルル・ド・ゴール空港に勤務しているのでそこからすぐ3kmにある町。

彼らの本来の家はボルドーの近く。ただ仕事がら移動が多いのでここの家は県警 ( =国 )が借り上げてくれています。

パリ近郊の2階建て(地下一階)、プール付きの庭のある家。恐らく家賃は2000€/月近くするのではないでしょうか。それを払わなくて良いというのは羨ましいですよね。

0 コメント

2014年

5月

07日

5月8日は何の日?

5月8日は「 ヨーロッパ戦勝記念 日 ( 1945年 ) 」。
第2次世界大戦において連合軍がドイツを降伏させたとして、ヨーロッパにおける勝利を記念する日。
VEデ ( 英:Victory in Europe Day ) とも呼ばれるようです。

 

さて、その他の国ではこの日はどんな日になっているかというと、、、。

( 以下 D-wavより )


① 「母の日」 : 日頃の母の苦労を労り、母の恩に感謝する日。
1907年、アメリカ・ウェストバージニア州の教師だったアンナ・ジャービスが、母親の3回忌にあたる5月8日に、友人たちに「母の日」を作って祝うことを提案した。
翌1908年の5月10日、彼女が勤めていた学校に470人の生徒と母親達が集まり、最初の「母の日」を祝った。彼女は参加者全員に、彼女の母親が好きだった赤いカーネーションを手渡した。このことから、赤いカーネーションが母の日のシンボルとなった。

そして1914年に、「母の日」はアメリカの祝日になり、現在のように5月の第2日曜日と定められたとのこと。
日本では1949年ごろからアメリカの例に倣ってやはり5月の第2日曜日に行われるようになったそうです ( フランスは5月の第4日曜日 ) 。

② 「世界赤十字デー」

1948年にストックホルムで開催された赤十字社連盟理事会で決定。赤十字の創設者アンリ・デュナンの誕生日から。


③ 「松の日」

日本の松を守る会が1989年に制定。

日本の代表的な樹木の松をいつまでも大切に保護して行くことを目的としている。

 

④ 「ゴーヤーの日」
1997年に制定。

「ゴー(5)ヤー(8)」の語呂合せと、5月からゴーヤーの出荷が増えることから。

 

その国々で歴史に対する認識が違いますからね。

こちらでは5月8日はそういう訳で祝日をなっており、町々で戦勝を記念してセレモニーが行われます。

0 コメント

2014年

5月

04日

3ème jour du camping キャンプ3日目 ( 5月3日 )

キャンプ最終日。

心配されていた天気も終始曇りがちで真っ青な空というのは残念ながら見ることが出来なかったのですが、一日目の夜に少し雨が降っただけですんで良かったです。
雨が降る中でのテント生活、というのはそう楽しいものでもないでしょうから。

最終日にサーフィンをしたのは友人のみ。
まあ彼はその為だけにここに来ていますから。
私たちはその横でピックニック。
風が強いので寒さが倍に感じられ、まるで冬の様な格好でいなければいけなかったのが残念。

この大西洋岸一帯は今年に入ってから幾度もかつてないほどの大嵐に見舞われ、河川沿いの町や村では洪水が頻繁に起ったり、荒波により破損、破壊させられた沿岸の建物も少なくありませんでした。
ここの所ようやく落ち着いてきていますが、その爪痕ははっきりと残っているようです。

以前はこの棒の所までが砂丘であったようです。
随分後退してしまっていますよね。

昨年やはりここにサーフィンをしに来た彼と友人もその海岸線の変わりように驚いていました。

そのダイナミックな景観を一目見ようと、カメラに収めようと近づいて高波にさらわれてしまった、、、という話も良く聞きました。
自然の強さにはやはりかないません。
皆さん甘い考えは禁物です、十分に気を付けて下さい。

ところで、この最終日もまた彼女が下の子供をプールに連れて行っている間に色々な片づけをしたのは私達。
上の子はただ見ているだけ。
皆で分担しよう!!と自分達で言っていた割には、結局食器洗いをしたのは私達だけ。
まあ大した事でないといえばそうなのですが、少しばかり残念に思いました。


休養になるどころか、逆に疲れてしまった感があったロングウィークエンド。
サーフィンを経験できたのは良かったです。

0 コメント

2014年

5月

03日

2ème jour du camping キャンプ2日目 ( 5月2日 )

果たして2日目はどんな日になるか。

ちなみにこれが私達のテント。両サイドに2~3人ゆうに寝る事が出来ます。
子供たちは別の小テントで寝ました。

午前中、男性陣はサーフィンへ。
この日は私の彼も午前、午後とサーフィンが出来たのでまあまあ満足。
私たちは子供たちが起床し、準備をするのを待ってから昨日変えなかったランプを探しに隣町まで。骨董屋で掘り出し物があるかもと思ったのですが、本当に年代物のそれも値の張るものしかなかったので、大型スーパーへ。

祝日明けの金曜日、この後週末も控えているとあって中は大混雑。
時間があれば近くにある港や、灯台を見に行っても良いかもと彼女は当初言っていたのですが、スタートが遅かったので、その後は昼食を取るためにキャンプ場へ戻ることに。子供たちは見学よりスーパーで買ってもらったアイスクリームで満足していたようです。

折角なかなか機会のなかった海に来れたというのに、これまでやった事はお店 、しかもスーパー  巡りのみ。
自分で運転出来たら色々な史跡を見て回れるのにとやはり友人達主導の行動に不満が積もる一方。

が、午後には人生初めてのサーフィンを体験することが出来ました。

砂浜で2回ほど ( もっとやった方が良いのでしょうけれども ) 、ボードにうつ伏せで寝転がった状態から「パンと手を叩いたらすぐに立つ」練習をしてから海の中へ。
海水が冷たい時にはウェアの中に小便をする良い、、、というアドバイス、最初は冗談かと思ったのですが本当の様です。海水よりも温かい小便がウェアの中で体を温めてくれるとの事。
私は必死に水をかいていたおかげて全く寒さを感じず、このアドバイスには従わずにすみました。

さてさて、初めてのサーフィンの結果はこんな感じです。
これだと思った波が近づいてきたら一生懸命腕をかき、波と同じ速さになったところで立つ、、、と教わったのですが難しいですね。
腕力、脚力がやはり必要でしょう。上体を上げることは出来てもそれ以上は結局出来ませんでした。
必死なので1時間程しかやらなかったのですがかなり疲れました。

サーフィン2回目の彼は波には乗れませんでしたが、2回ほど立つことが出来たようです。

ちなみにキャンピング場での生活ですが。
アペリティフや夕食の準備はまたしても私達がやる事に。子供たちといえば、手伝いをする気持ちは全く無し、関心はやはり携帯電話やパソコン。

0 コメント

2014年

5月

02日

1re jour du camping キャンプ1日目 ( 5月1日 )

到着日に早速トルシュ岬まで行ってきました。

男性陣はサーフィンに、女性陣は海岸散策に。
しかし岬のパーキング場に着いた途端友人は波の確認をしに海岸に一目散に飛んで行ってしまい、女性陣を待っていた為にその姿を見失ってしまった私の彼は仕方なく私達と行動を共にする事に。
1時間以上探し回ってようやく見つけた時には友人は既に気持ちよくサーフィンをしを得た後。
結局この日は彼はサーフィンが出来ず仕舞い。友人の行方が分からなかったので、ゆっくりと散策している気分でも無かったですし。

私の彼、ここは何とか怒りを抑えていたようですが、、、。
その後キャンプ場に帰ってから彼らが持ってくるはずであったテント用のランプ ( 夜はさすがに暗くなるので必需品 ) 、そしてたばこが切れた友人の為に ( 自分愛用の銘柄ないと嫌な様で ) それらを探し回らなければいけなくなり車であちらこちら引きずり回されてしまった後には ( さらに祝日なのでどこも開いておらず結局見つけられず仕舞い ) かなり気分が悪くなってしまった様です。

私の方も彼女と彼女の子供たちと行動を共にしていたのですが ( 男性陣は友人の車を、女性陣は私達の車を利用 ) 車の中でも子供たちは ( 10歳と14歳の女の子 ) 携帯電話やゲームにあけくれ、折角の旅だというのに全く外の景色には目も触れず。今どきの子供なのでしょうけれども、何とも残念ですよね。

キャンプ場に到着後も手伝いをするわけでもなくすぐに携帯電話やパソコンにかかりっきり。
海岸から戻ってきた後には下の子供がプールに行きたいというので足の無い私( マニュアル車が運転できないので運転手の彼女と行動を共にせざるを得ない ) も同行することに。途中で寒いからと水から上がってしまった彼女の代わりに、子供の相手をする羽目になった時には私もゆっくりしたいのですけれども、、、という気持ちがふつふつと。

一日目にして友人達に振り回され、何の為に来ているのだろうという疑問が湧いてきてしまったのですが。2日目以降はどうなる事か。

ちなみに、このトルシュ岬友人探しに気が気ではなくあまりゆっくりと散策できなかったのが残念ですが。

半島の両側に海岸が伸びる形になっています。半島の右側 ( 陸から見て ) は砂浜海岸。左側は若干岩が多め。
この日は連日の雨の影響もあってか水は濁っていましたが、普段は写真の様に ( 昨年の物 )かなりきれいな青い色をしています。

ちなみにブルターニュ独特の荒涼感があるとされていますが、私はそれを言うならば Pointe du raz ラ岬のかな、と。
吹きさらしの風の中を進んでいくと半島の先に激しい波に打たれる二つの灯台が目に入ってきます。迫力満点ですよ。

0 コメント

2014年

5月

02日

Le camping à la Torche ラ・トルシュでキャンピング


サーフィン好きの友人に誘われてその彼女、彼女の2人の子供達と一緒にメーデーの連休を利用して2泊3日でキャンピングをしてきました。

ブルターニュ地方はフィニステール県にある La Torche ラ・トルシュ という所。

シャトーブリアンから300㎞程、Quimper の町を通り過ぎてからさらに西に進んでいった所にあり所要時間は国道を使い3時間半程。国道とはいえこちらは時速制限が110㎞/時なので、日本で言ったら高速並に早いのに高速料金がかからずに済むのが良いですね。

1965年に国立自然公園に登録された La pointe de la Torche トルシュ岬。
ブルターニュ地方独特の荒涼とした風景(個人的には La pointe de Raz ラ岬の方がさらにその上を行っているかと思いますが。)に加え、波のパワフルなブレイクが楽しめるとあって海水温も十分に上がってくる4月以降は大勢のサーファー、カイトサーファーで賑わっているそうです。

柔らかな砂浜が続いているので近年では写真の様な le char à voile ル シャー ア ヴォワル ( ランドセーリング)を楽しむ人たちも頻繁に見られるようになってきているようです。
乗馬を楽しんでいる人たちもいましたよ。

 

私たちの利用した Campinge de la Troche トルシュキャンピング場はそのトルシュ海岸から1300m程の所にあります( ここ一帯のキャンピング場の中で一番海岸に近い )。

4ヘクターの敷地内にはテント用の敷地以外にも宿泊施設としてモビルホーム ( トレーラーハウス )、キャラバン などが設置されているほか、トランポリンやバレーボール、サッカーに卓球、ペタンクなどの遊技場があったり、レンタサイクルなども利用することが出来ます。
昨年までは屋外だったプール( 友人談 ) も屋根付きに改修されたようです。
到着日に早速試してみたのですが、室温に比べ水温はかなり低めで水に入るのに少しばかり勇気が必要でした。温水プール、、、というより天然光+室温で水を温めているだけの様でしたので、まだ5月初め、仕方がないですね。

 

友人が持ってきてくれた最大6人用の大きなテントを張って私にとっては初めてのキャンプ生活の始まり。
慣れている彼らが食器や洗剤、コンロに鍋など全て持ってきてくれました。
シャワーもトイレもフランス学生時代に過ごした寮の用に、男女共同。日本はどうだか知りませんが、こちらはトイレットペーパーも持参しなければいけません。
 
当日の食事は事前に用意した物。
昼は彼らの持ってきたパスタやライスのサラダを、夜には私たちが持ってきたチキンの丸焼きをテント内に設置したテーブルで食べました。

5月初めで朝晩はまだ肌寒い事もあってか155組収容可能の所、私達を含めても20組もいなかったでしょうか。
それなので隣人たちの騒音に悩まされる事無く、また寒さ対策に掛け布団も車に積んできたので、快適に眠る事が出来ました。
 
ただやはりテントの組み立て、寝床等の設置には1時間ほどかかってしまう上、天候の心配もしなくてはいけないので次回はモビルホームを利用しようかと。

時間の節約になる上、持ってくる荷物も少なくなるので車への負担も減、また人数で割ればレンタル料金もそう高いとは言えないので。シャワーやトイレ、キッチンが付いているのも、特に混雑してくる季節には便利でしょうし。

ちなみに以下はトルシュキャンピング場の料金例。
 

① テント用敷地+大人2名+乗用車一台 共同トイレ、シャワー 

  ローシーズン : 15 € / 泊  ハイシーズン : 22 € / 泊

② モビルホーム

A:6人用 ( 屋根付きテラス34㎡+3部屋 ) シャワー、トイレ、キッチン付

  ローシーズン 155 € / 2泊
 * ハイシーズンは週貸のみ 550 ~ 680 € / 週

B:2~4人用 ( 2部屋トータル16㎡ ) 共同トイレ、シャワー

  ローシーズン 80 € / 2泊
C:4人用 ( 2部屋トータル25㎡ ) シャワー、トイレ、キッチン付
  ローシーズン 110 € / 2泊                        
 

0 コメント

2014年

5月

01日

Fête du Travail メーデー

またまたずるをして以下は2010年のブログから。

 

5月1日は「労働の祝日(メーデー)」。

第2次世界大戦下ドイツの占領下にあった政府が労働者の人気を呼ぼうと定め、その後1947年の解放後も政府はこれを引き継ぎ、有給の休日としたそう。

 

と言う訳で、フランスではこの日に働いた人は2倍の給料がもらえる大変有り難い日です。

 

一日働いて、二日分の給料、それは嬉しいでしょう!!


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! ところで、この日に町中を歩くと至る所で数本を束にしたすずらんが売られているのを目にします。

 

今年の相場は 1 ~ 2 本の束で 2 €、根の付いた 4 ~ 5 本束になったもので5 € といったところ。

5月1日には、日ごろお世話になっている人、愛する人、、、にすずらんを贈る習慣があり、貰った人には幸運が訪れるとされています。

 

この習慣が出来たのはルネッサンス期にさかのぼるそう。

 

幸運をもたらす花としてすずらんの束を贈られたシャルル9世 ( 16世紀 ) が大変喜んで宮廷の婦人達に自らも毎年贈る様になった事からと。

 

すずらんは春の訪れを代表する花でもあります。

 

そのすずらんが「労働の日」に結び付けられるようになったのは20世紀に入ってから。

 

「8時間の労働、8時間の睡眠、8時間の余暇」の要求のシンボルとされていた赤い三角形マークが野バラに置き換えられ、そしてその後1900年代に入ると赤のリボンで結ばれたすずらんに代わったそうです。
フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!

 

と言う訳で、町のあちらこちらでその辺で採って来たと思われるすずらんから、それでもきれいに包装されているもの、どこかの卸し(温暖な土壌のナント地方がその産地として良く知られています。年間生産高の 85 %がナント産。)に頼んで郵送してもらったもの、、、であろうすずらん達が売られています。

 

街頭販売は普段はもちろん許可を取らなければいけないのですが、この日は誰でも気軽に売る事が出来ます。子供たちがお小遣い稼ぎに、どこかのクラブがその資金集めの為に売っていたりと様々。

 

私ももちろん買わせて貰いました。

 

う~ん、幸せがやって来ると良いなぁ。


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! ちなみにこれは私の勤務するサロン・ド・テで売っていた物。下がチョコレートです。

読み返してみると懐かしいですね。

そしてこれが2014年度のすずらん。
彼が両親の家に咲いているのを摘んできてくれました。

他の町々でも見られていた光景かとは思いますが、もちろんこの町でも朝から子供たちが至る所で籠一杯のすずらんを抱えて人が通るのを待っていました。
パン屋の前は狙い目ですね。朝一番でパン屋に行くフランス人は多い上、お釣りを手に出てくる事がほとんどなので。
相場は変わらず一束2€でした。

0 コメント

2014年

4月

27日

Training Paintball ペイントボール トレーニング

雨という天気予報だったので最後の最後まで迷ったのですが、結局気分転換も含めてペイントボールのトレーニングに行ってきました。

といってもやったのは私の彼で、私はいつもの様に観戦兼写真係りですけれども。

シャトーブリアンから車で1時間15分程の所にある Iffendic  イッフェンディックという町(村)のペイントボール場。
ここにはスピードボール用(競技用)フィールドが一つ、タイヤの障害物のあるそれが一つ、雑木林に囲まれたそれが二つと、それぞれの目的に合わせてフィールドを選択する事ができます。

以前はボランティアが運営を行っていたのですが、今はレンヌの一チームが町から土地を借りる形でそれを引き継いでいます。

それなので競技用のフィールドも以前と比べると整備され、季節ごとに催し物が行われたり、公開トレーニングも常時行ったりと大分力を入れる様になってきています。


ただシャトーブリアン近辺にこれといったペイントボール場がないので、わざわざ1時間以上もかけてこういった所にやって来ないとトレーニングが出来ないのがやはり残念です。
スポーツはやはり続けないと意味がないですから。

とはいえ、ペイントボールはお金がかかるスポーツなので彼も月に一回トレーニングに行くだけにしてくれています。
ウェアを含めた装備一式を揃えるのにも最低でも5万円はかかるでしょうか。
それ相応のマーカー ( ペイント弾を打つ為のピストルの様な物 ) になると10万円以上してしまう物もあったりして。
そして厄介なのがペイント弾。これはもちろん毎回毎回必要になりますから。ペイント弾がないと話にならないですものね。
今回のトレーニングでは練習用のそれをワンケース購入。2000発入りで30€。

入場料(フィールド使用料)として10€払ったので、この日一日で40€。
まあ半日思いっきり汗をかき、色々な事を学んだようなので良しとしましょうか。

0 コメント

2014年

4月

26日

Les Françoise de Foix レ・フランソワーズ・ド・フォワ

イースターのチョコレートの話が出ましたが、シャトーブリアンと言えばこれ、Françoise de Foix フランソワーズ・ド・フォワ が町の名産物の一つとなっています。

ラム酒漬けレーズンをプラリネ ( 包焙煎したナッツ類に加熱した砂糖を和えてカラメル化したもの ) で包んだ一粒型のやや苦めのチョコレート。

クリスマスやヴァレンタインの時期にスーパーで良く見かける赤い包みがトレードマークの Mon cheri モン・シェリー ( チェリーのリキュール酒に漬けられたチェリーの入ったチョコレート )のレーズン版とでも言えば良いでしょうか。

シャトーブリアン伯ジャン・ド・ラヴァルの妻 で、長身に見事な黒髪、そしてその才媛と美貌から10年以上もの間フランソワ一世の寵愛を一身に受けた ( 愛妾であった ) フランソワーズ・ド・フォワ ( シャトーブリアン伯爵夫人 ) に敬意を表してシャトーブリアンの一チョコレート屋で作られたのが始まり。

 

ちなみにこのフランソワ一世という王はなんでも大の美女好きで 「女性のいない宮廷はまるで薔薇の無い春の様だ、、、。」 などと言っていたそうな。

Françoise de Foix フランソワーズ・ド・フォワ

( 1495 ~ 1537年10月16日 )は、フランス王フランス一世の愛妾。

シャトーブリアン伯爵夫人( Comtesse de Châteaubriant )として知られる。

 

1505年にシャトーブリアン伯ジャン・ド・ラヴァルと婚約し、1509年に結婚した。

1518年頃、夫が軍の指揮官として不在の間にフランソワ一世の愛妾となった。

それをきっかけに、夫と暮らした家から宮廷に住まいを移した。

王の寵愛ぶりは、フランソワーズの兄弟縁者を昇進させるだけでなく、王太子フランソワの洗礼式にはシャトーブリアン伯夫妻を王家の姫たちの次の高位に列したほどであった。

10年近く王の愛妾であったフランソワーズの絶頂期は、フランソワ一世が戦いで囚われの身となり、マドリードに送られたことで終わる。フランスへ帰国したフランソワは、若くブロンドの髪をした娘に夢中になったのだった。二人の愛妾は、フランソワをめぐって二年もの間寵愛を争ったが、劣勢を悟ったフランソワーズは1528年に身を引いてシャトーブリアンへ戻った。

wikipedia より

シャトーブリアンでこのチョコレートが買えるのは町の中心にあるこのお店。


≪ La pâtisserie Chocolaterie Merlet チョコレート・ケーキ屋 メルル ≫ 

写真は Georges Merlet  オーナーのジョルジュ・メルルさん。

1978年に Le Rochais ル・ロシェ家から買い取ったお店で、1932年に生み出されたこの伝統のレシピをこれまた忠実に引き継ぎながら今に至っているとのこと。
現在は息子さんの補佐に回っているようですが。奥さんが販売をしています。

年末年始に父が訪ねてきた際に初めて買ってみました。
話には聞いていたけれども、一度も食べてみたことが無いと言うと試食用に二粒多く包んでくれました。
こういった嬉しいサービスもついてくる事がありますので、ただ買いに入るだけではなく、出来ればお店の人と少し話しをしてみるようにすると良いですよ。

噛むとトロリとラム酒が口の中に広がり、チョコレートもビター系で少し大人の味でした。コーヒーに合いますね。

0 コメント

2014年

4月

25日

鯉のぼり

義弟の誕生日会。

3月3日の雛祭りでは義弟の娘に私の父からちょっとしたプレゼントがあったので、
来月の端午の節句に合わせて今度は義弟の息子にやはりプレゼントを送って来てくれました。

雛祭りの際には姉のプレゼントを羨ましそうに見ていたので、今度は自分の番だと知ると大喜び。

早速おじいちゃんに助けてもらいながら庭に鯉のぼりを立てていました。

写真にはお父さん鯉しか写っていませんが、この後ちゃんとお母さん、子供の鯉も一緒にしてあげたので、ご心配なく。

 

ちなみに

 

こいのぼり(鯉幟)とは元来、日本の風習で、江戸時代に武家で始まった、端午の節句である旧暦の五月五日までの梅雨の時期の雨の日に、男児の出世と健康を願って家庭の庭先で飾られた紙・布・不織物などに鯉の絵柄を描き、風をはらませてなびかせる吹流しを鯉の形に模して作ったのぼり。 ( wikipedia より )

この日は曇り空ながら雨は落ちてこなかったのですが、健康に育ってくれると良いなと思っています。

0 コメント

2014年

4月

24日

avoir les chevilles qui enflent 腫れた足首を持っている

職場で同僚との会話中に耳にしたフランス語の表現。
注意して話を聞いていると今まで耳にした事のない単語、表現が出てきて勉強になりますね。

" avoir les chevilles qui enflent "
アヴォワール レ シュヴィーユ キ オンフル

 

直訳すると 「 腫れた ( 大きな ) 足首を持っている 」 となりますが
 
自分に確信を持ちすぎている 。
自分の判断、自分の行いに疑いを持っていない、自信を持ちすぎている。

或は
自信過剰になっている、鼻にかける、偉そうにしている


という意味で使われます。

ルイ14世時代、王がその取り巻きに特権として王と同じ様に靴に赤いかかとを加えることを許しました。
そして、取り巻き達の中にはその特権をさらにより良く見せる(見せつける)為に赤いかかとが映える様に靴をわざと広げる者もいたそうで。

そんな事からこの表現が生れたという一説があるそうです。


これと同じような意味では以下の様な表現もあります。


" Avoir la grosse tête " 

アヴォワール ラ グロッス テット

 

直訳すると 「 大きな頭を持っている 」。 

 
頭でっかちと一部の辞書では翻訳されているようですが、どちらかというと
自慢げ(否定的)、鼻にかける といった感じの方が使い方としては正しいでしょう。

いずれにせよ、これかの表現は否定的に使われています。

0 コメント

2014年

4月

23日

des anguilles ヨーロッパうなぎ


日にちが逆になってしまいましたが、前日の土曜日には彼と魚釣りに行ってきました。

目的は何と言っても des anguilles アンギーユ ヨーロッパうなぎ。


大型魚はまだ5月1日が解禁日なのですが、ヨーロッパうなぎはこのロワールアトランティック地方では4月1日から解禁になっているので。

狙い目は明け方過ぎということで平日は朝の5時前起きの毎日なので、週末くらいはゆっくりと寝ていたいという気持ちを我慢し、6時30分には出発。

このうなぎはヨーロッパ全域の河川に生息し、夜行性・底生性で普段は川底の泥や岩陰に潜んでいるとのこと。
それなので浮き釣りではなく錘を付けた底釣り。

この日は風がかなり強く、冷たかったので糸を張ったら竿が振れるまで車の中で待機、、、という様に怠惰ですがカー釣り ( そんな言葉はもちろんありません )に専念しました。

結果は、、、そんなに早起きする必要はありませんでしたね。

10時過ぎにようやく彼が一匹釣り上げ、この日の収穫はこれのみ。

うねうねするので釣り上げるのに他の魚以上に慎重になりました。

彼も私もうなぎはさばいた事がないので義父に頼んでしまいました。
そして翌日のバーベキューで試食。
一晩酢に漬けておいたものを焼いただけ。
日本だったらやはり蒲焼が最高なのでしょうけれども。
味は日本のそれとかわりませんでしたよ。弾力が少し強いかもしれませんが。

0 コメント

2014年

4月

22日

Le Leroux ルルー家のイースターはというと

という訳で4月21日(月)は lundi de Pâques イースターの月曜日と言って、振替祝日。

3連休となったのでどこかに行く人もきっと多かった事と思います。
また学校は2週間のイースター休暇中 ( 私の住むシャトーブリアンは翌週からですが、* 注 下記ゾーン )。

 

ちなみにこちらでは観光地、交通機関の混雑を避けるため、以下の様に3ゾーンに分かれています。


ゾーンA : 4月26日(土)~5月11日(日)
( カーン、クレルモンフェラン、グルノーブル、リヨン、モンペリエ、ナンシー、メッツ、ナント、レンヌ、トゥルーズ など )

ゾーンB : 4月19日(土)~5月4日(日)
( エックス―マルセイユ、アミアン、ブザンソン、ディジョン、リール、リモージュ、ニース、オルレアン、トゥール、ポワティエ、ランス、ルーアン、ストラスブール など )
ゾーンC : 4月12日(土)~4月27日(日)
( ボルドー、クレテイユ、パリ、ヴェルサイユ など ) 

 私たちはというと、丁度義弟の誕生日にあたったので、彼らの家でバーベキューでお祝いしました。

フランス人は本当にバーベキューが好きなんですよね。
4月に入ると陽気も暖かくなり、日が沈むのがますます遅くなってきます ( 現時点で21時近く ) 。
そうなってくるとスーパーで良く目にするようになるのがバーベキュー用品に、ファミリーサイズのパッケージに入ったソーセージ類。


上記の様なバーベキューは 30€ 程で、この様な感じの物は 80€ 程で購入できます。

ちなみにこちらの人はとにかく肉、肉、肉、、、ですね。
日本の様に野菜や魚介類が出てくる事は少ないかもしれません。

 

こんな感じになってくると 120€ 以上は軽くするでしょうか。

バーベキューにはやはりビールやロゼワインが人気ですかね。
遅くまでワイワイガヤガヤ、良く食べ、良く飲み、そして良く喋ります。

さらに上を行く人の庭にはこの様なバーベキューセットがあったりもします。


最近では使い捨ての卓上バーベキューセットなども売っていたりするのですよね。
アルミ製で火を消すためのペットボトルが一緒についています。5€ 程でしょうか。
車でちょっと出た先でやりたい時には持ち運びに場所を取らないのでとても便利です。

0 コメント

2014年

4月

21日

Pâques イースター 続き


と、これはシャモニーでサロン・ド・テ兼パン・ケーキ屋に勤めていた頃の話。
こんなに高いチョコレートでも毎日飛ぶように売れていました。
外国人観光客やヴァカンス客が多かったせいもあるのでしょう。
郵送もかなり頼まれていましたっけ。なにせチョコレート、途中で壊れない様にする為に厳重に梱包するのが大変でしたけれども。

全てが職人の手作り。
同じような物でも一つ一つどこかしら形にしろ色にしろ違いがあり、自分の好みの物を見つける楽しみがありました。

シャトーブリアンにはあまり「お洒落なお菓子屋」という物が残念ながら無いのですよね。
大抵の人がお世話になるのがスーパーマーケット。

この時期、どのスーパーマーケットに行っても見られる風景。

色とりどり、色々な形をしたチョコレートが所狭しと飾られています。

はっきりいってもうこれはクリスマスもそうですが、宗教上の行事ではなく「商戦」になってしまっていますね。

子供たちに人気のあるのはやはりこれ。
ミルクチョコレートで食べやすい上、卵の形をしたそのチョコレートを割ると季節や行事、その他もろもろに関連したおもちゃが出てくるのが何と言っても子供たちの楽しみ。

Kinder  キンダー ( ドイツ語で子供という意味 ) 。
卵型以外にも右下写真の様に色々な種類のチョコレートがあります。
皆さんんもどれかしらは食べたことがあるのではないでしょうか。

通常タブレット型チョコレートは10€/kg以下はスーパーのマークの入った物、20€/kgも出せばそこそこ美味しい物が食べられます。
お菓子屋で購入するチョコレートの詰め合わせは大概40€/kg以上。

しかし、しかし。
上の写真を見ても分かるかと思いますが、この時期のチョコレートは皆金額アップ。
40€/kg以上はザラで100€/kg近くなる物も多く。やはり「商戦」ですね。

チョコレートの好きな方。
日本でもヴァレンタイン後のそれと同じかとは思いますが狙い目はイースター後 ( クリスマスの後も同様 ) 。
売り切れなかったイースター用のチョコレートが半額になっていたりしますよ。

0 コメント

2014年

4月

20日

Pâques イースター

4月20日(日)は 2014年度のPaques  イースター ( 復活祭 ) でした。

以下は2009年のブログから ( エイプリルフールの由来も含めて )。


  『poisson d'avril ポワッソン・ダヴリル』とは直訳すると「4月の魚」ということですが、ようは日本で言うところの「エイプリル・フール」のこと。


日本同様こちらでも友達間、家族間、、、果ては新聞、ニュースなどでもあることないことでたらめの事を言い最後に「冗談でした、ポワッソン・ダヴリール」などという風に一日を楽しんで?います。


どのようにしてこの「ポワッソン・ダヴリル」が生まれたのかは定かではないようですが、次のような一説もあるようです。


『 ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用。

しかしこれに反対した人々が4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた。

しかし、シャルル9世はこの事態に対して非常に憤慨し、町で「嘘の新年」を祝っていた人々を逮捕し、片っ端から処刑してしまう。

処刑された人々の中には、まだ13歳だった少女までもが含まれていた。

フランスの人々は、この事件に非常にショックを受け、フランス王への抗議と、この事件を忘れない為に、その後も毎年4月1日になると盛大に「嘘の新年」を祝うようになっていった。

これがエイプリルフールの始まりである。』(Wikipedia 「エイプリル・フール」より)


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! 、、、とそんなわけで、私の勤めるパティスリ-&サロン・ド・テ  でもチョコレートの魚をこの日の為に作りました!!

ただ本物のお魚の方が安い、、、などということはくれぐれも言わないように(小さい物でも4.5€するのです)。

 

フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! 
そして、今お店の中はお魚だけでなく、鶏や兎、犬に猫、牛や熊、、、などの動物達で溢れかえっています。


 

フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! そう、これはPaque(イースター・復活祭)のお祝いの為。

『復活祭』とはキリスト教の最も重要な祝日のうちの一つで、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目によみがえったことを記念するものとのこと。


基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、毎年日付が変わり、今年は4月12日がそれに当たります。


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!


その復活祭の最も有名な習慣が卵に色とりどりの包装をしたり彩色をしたりすること。

 


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!

卵を形どったチョコレートもどこのお菓子屋でも見つけることができますが、『ヒナが卵から生まれることをイエスが墓から出て復活したことを結びつけた、および冬が終わり草木に再び生命が甦る喜びを表した(Wikipedia より)』からだとか。

そして兎も多産=生命の象徴であり、また跳ね回る様子が生命の躍動を表しているから良く使われているようです。


なるほど、、、このような歴史・意味があったとは。
フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!
しかし、それにしてもうちのチョコレートは高くてそんな意味があるにしてもとてもではないけれど買えません!!

 
 

0 コメント

2014年

4月

16日

フランスの選挙

ところで随分前の話になってしまいますが、先月末に市町村議会議員を選ぶ直接普通選挙 ( 6年ごと ) が行われました。
 

 

直接普通選挙で市町村議会議員を選び、選出された議員が市町村長(および副市町村長)を選ぶ。


㋐ 人口 3,500 人未満の市町村 : 多数代表連記 2 回投票制

㋑ 人口 3,500 人以上の市町村 : 拘束名簿式比例代表 2 回投票制

㋒ パリ、リヨン、マルセイユ             : 各選挙区内で名簿式比例代表 2 回投票制を実施。

( 人口 3,500 人以上の市町村と同じ規則に従って ) 有権者は市議会議員と区議会議員を同時に選ぶ。

 

第一回投票 ( 3月23日 ) で有効投票の過半数を獲得する候補者がなければ3月30日の決選投票で勝者を決める。

 

結果、第一回、二回投票のどちらも失業率の高止まりなどによる現政権に対する不満から左派は敗北 ( 右派の得票率約 53 %、左派は約 41 % ) 、逆に欧州統合反対、移民敗訴を掲げる極右の国民戦線 ( FN )が躍進しました ( ゼロから10以上の自治体で同党の首長が誕生 ) 。

 

第1回投票の棄権率は、24日未明の内務省集計で過去最高の38% 。
第2回投票後の31日未明時点のそれは 38.9 %。


「有権者の失望が投票を拒否する形で示された」との指摘もありますが、、、、。
確かに声高に自分の意見を述べるフランスではその様な形での棄権も少なからずあったかと思います。

ただ日本同様、たかが一票では何の力にもならないと考える人や政治に興味のない人もかなりいて。
たかが一票、ではないのですよね。この一票、一票の積み重ねが大きな声、力となり政治を動かして行くのですから。

 
と言いながら、私たちは投票に行く事が出来ませんでした。
というのも、やはりフランスは「自分で動かないと何もしてくれない国」であって、これは選挙権に関しても同様。
選挙権は18歳から与えられるのですが、但し「自分が住んでいる場所か不動産物件がある場所、両親の出生地のいずれかの役所に申請して、有権者カードを取得しないと投票できない」事になっています。
話には聞いていたので選挙の一ヵ月程前に市役所に申請しに行ったのですが、今回の選挙の為には昨年12月末までに申請しなければいけなかったとの事。
今回はかなり市の運営に不満を持っていたので、本当に残念でした ( 結局シャトーブリアンは現職が再選しました ) 。

 その様な訳で、まだ一度も投票には行った事はありませんが、投票方法はやはり日本とは違うようです。
 
各候補者の名前が印刷された用紙が机の上に置かれていて、有権者は 1 枚ずつ全員分を取って投票スペースへ。
投票したい人の用紙を封筒に入れて投票箱へ ( このとき係員が「ア・ヴォテ=投票しました」と声を出す ) 。誰に投票したか分からない様にする為のシステムですが、投票しなかった分の用紙はゴミ箱に、、、というのがあまりエコロジックではないですね。
0 コメント

2014年

4月

15日

新しい家族

先日の日曜日は彼のペイントボールの試合の為に朝5時過ぎに起床。

出発の準備をしていると玄関の向こうから「ミィヤァ、ミィヤァ」という小さな鳴き声が聞こえてきました。
上階の住人が飼っている猫の鳴き声かと最初は思ったのですが、それにしては声が近すぎる。
扉を開けてみると小さな猫がちょこんと座っていたのです。
階下にあるアパートの入口がよく開け放しにされているので、これまでも野良猫が建物の中に入ってくる事は何度かあったのですが、初めて見る猫。

ただここで撫でたりしては居着かれてしまうと、出口を促し扉を閉めたのですが。

出かける時間になり玄関の外に出てみると、先程の猫がまだいてゴロゴロなついてくるのです。
出かけなければいけなかったし、アパートで動物を飼うつもりもなかったので、なるべく目を合わせないように足早に出て行ったのですが。
その猫は私たちの後ろから何とも悲しそうに、ミィヤァミィヤァと、しかも今までどの猫からも聞いたことがない様な大きな声で救いを求めるかのように何度も何度も悲しく鳴くのです。
まるで「追いて行かないで!!」とでも言っているかの様に。

彼もあんな声は今まで聞いたことがない、と。
あの何とも言えない悲しい声が耳に残ってたまらない、と。

玄関の扉を開けた時にじっと私の顔を見ていたあの時の猫の目が生前の母の目に似ていて、私もずっと母を置いてきてしまったようなやり切れない気持ちでいたのでその事を彼に言うと、

「あの声にその目。もしかしたら何かあるのかもしれない。帰宅した時にまだいたら何か意味があるのかもしれない。その時はじゃあ飼おう。」と。

朝の6時すぎに家を出、アパートに戻ってきたのは午後3時過ぎ。
さすがにもういないだろうと思っていたのですが、、、。
建物に入り階段を先に上っていた彼が

「何、猫ちゃんまだいたの!?」と。

きっと冗談で言っているのだろうと本気にしなかったのですが、、、。
本当に朝の猫が朝と同じ場所にちょこんと座っていたのです。

確かにまだいたら飼おうと言ってはいたものの、アパートでは飼わないと決めていたので、随分悩んだのですが、、、。
良く見るとしっぽが少し曲がっていて、右の後ろ脚も若干引きずっているような感じ。
どこかで事故にでもあってしまったのか。
そんな可哀想な猫をほっぽり出してしまうのも気が咎めるし、何よりも朝の異常な鳴き声、そして母に似ている目を持った猫。
きっと何かあるのだろう ( もしかしたら母の、、、!? ) と飼うことに決めました。

そのうち家を持ったらまず犬、そして猫を飼おうかなんて言っていたのですが順番が逆さまになってしまいました。まあ仕方がないですね。

 

という訳で新しい家族の名前は Taka 。
私の母の孝子という名前からつけました。
自分の名前を既に理解しているようでTaka と呼ぶとミィヤァと返事をします。


小さいころに引っかかれてその後猫が怖かった彼も仕事の合間に電話をしてきては、Taka はどう?Taka がこれしたあれした、、、とすっかり親ばかになってしまっています。
この遊び道具を翌日直ぐに買ってきたのも彼。

事故にあってしまったのかどうかはわかりませんが、少しでもTaka に安心した暮らしをあげられたら良いなと思っています。

0 コメント

2014年

4月

11日

La naissance de petite Lilou リルーちゃんの誕生


新しい命が誕生しました。
 ( 写真 : 生後一週間ほど )
、、、と言っても私の子供ではありませんが。私の彼の弟の子供。

名前は Lilou リルー。体重は2250gととても小さい女の子です。
4月1日23時52分に誕生。
お母さんはなんとしても日付が変わる前に産みたくって最後は助産師さんの首にかけてある時計を見ながらいきんでいたそうです。 


ちなみにこれがまだお母さんのお腹の中にいた時の写真。
生れてくる一ヵ月程前。

生誕祝いに Poirier 洋梨の木をプレゼント。
なぜに洋梨かというと、お母さんの姓が Poirier なので。
これからずっとこの木と共に健やかに成長していって下さいね、という意味を込めて。
早速翌日、庭に植えてくれたようです。

しかしこの苗木、私が買いに行ったのですが、ゆうに170cmはあり、、、。
車 ( マニュアル ) を運転できない私は10分強の道のりをえっちらおっちら、ゆらゆら枝を揺らしながら帰って来たので、花弁はほとんど散ってしまいました、、、。
それでも丈夫そうな枝をつけているので、まだこれからも新しい花を咲かせてくれると思いますが。


昨年末に他界した母の誕生日が3月31日。
当初は3月中旬だったリルーちゃんの出産予定日。
それが延びに延び、しまいには3月31日か4月1日くらいになりそう、と言われ。

3月31日になったら母の生まれ変わりかも !!などと期待していたのですが。
結局は4月1日になり、残念に思う反面、やはり母の生まれ変わりは私の所に来てもらいたいから、、、これで良かったのかなと。

0 コメント

2014年

4月

08日

Dong du sang 献血

同僚の 「 娘が献血に行きたいというから連れて行かないといけない 」 という話に触発され、久しぶりに献血をして来ました。
 
シャモニーのそれ以来、なんと10年振り。

献血というもの、人の役にも立つし自身の血の入れ替えにもなるので「機会があればぜひともやりたい派」なのです、が。
今までは仕事等で都合がつかなかったり、また日本にいた際にも「フランスにいた方は駄目です」、、、などと言われてしまった事があるのでその機会に恵まれていませんでした。
 

海外在住者は日本での献血は不可能?

日本赤十字社のサイトより確認してみると、、、。

■ 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病について
近年、英国を中心に発生している変異型クロイツフェルト・ヤコブ病については、輸血による伝播に関して未知の部分が多い一方、牛海綿状脳症との関連も強く指摘されています。安全が確認されるまでの間欧州諸国に滞在(居住)された方の献血をご遠慮いただいています。

* フランス : 1980年~2004年までに、通算6カ月以上の滞在(居住)歴のある方

基本的には帰国後4週間以上であれば出来るようなのですが、私の場合上記に該当してしまうのでやはり日本では残念ながら駄目なようです。


町外れの病院だったら徒歩で20分くらいは軽くかかってしまうので行かなかったかもしれないのですが、家から10分ほどの所にある多目的ホールで行われていたので良かったです。

「こういうのは皆あまりやらないのではないかな、きっとガランとしているはず」、、、などと思いながら行ったらなんのその。
既に待ち人がかなりいて、学校や会社の終了時間に丁度当たったので、この後も引っ切り無しに人がやって来ていました。
受付でもらった番号は91。午前中も含めてなのか、或は午後以降の人数なのか確かめませんでしたが、それでも結構な人数ではないでしょうか。


受付でこの様な用紙をもらい、全部で52項目の質問にハイかイイエで答えます。
この用紙の答えを下に、お医者さんとの面談が行われ、血圧、ヘモグロビン値 ( 女性 12.5 g / dl 、男性 13.5 g / dl以上要  ) も検査します。

 


またこの筆問用紙の中にも書かれていますが、以下の方は献血が出来ないので、予め知っておいた方が行ったのに出来なかったと無駄足を踏まずにすむかと思います。



・ 特定の病気になったことがある。

・ 服薬、妊娠、授乳中、発熱等。
・ エイズ、肝炎などのウィルス保有者。

・ 輸血歴、臓器移植歴がある。
・ ピアスの穴をあけてから一定期間を過ぎていない。

・ 一年以内にタトゥーを入れた。

・ 一年以内に予防接種を受けた。

・ 出血を伴う歯科治療を三日以内にした。

・ 四週間以内に海外旅行、海外で生活した。

・ クロイツフェルト・ヤコブ病の者。

・ 怪我をしていてまだ治っていない。

・ プラセンタ注射を受けた。


検査でOKが出ればこの様な寝台に横になり、看護師さんの指示に従いながら献血を行います。


そしてこれも日本と同じでしょう。
献血了後には失われた鉄分補給の為にも、そして急激な動きを避ける為にもこの様に軽食が提供されます。


本日の献立。この後ホットチョコレートも頂きました。
その他にバゲット、フルーツポンチなどもありました。


職場の同僚発見 ( 男性の方 ) !!
自分は献血が出来ないので代わりに31年以来ボランティアスタッフをしているとの事。
偉いですね。

次回は6月。都合がつけばぜひ行きたいと思っています。

0 コメント

2014年

4月

07日

給料アップ!!


4月1日から給料がアップしました!!
今日就労中に上司がやって来て、勤務態度に問題が無いので給料を上げる事、このまま引き続き今までの様に勤務してもらいたいという事を伝えられました。

微々たるものですが、嬉しいですね。

ただこの給料アップは業務態度に問題なければ基本的に全ての契約社員(派遣会社を通じて勤務している)に適用されるもので、私だけ特別なわけではありません。
この工場では勤務開始から3ヵ月、6ヵ月、9ヵ月、18ヵ月後に契約社員の賃金を上げる方針になっているようです。
それ以降は残念ながら工場の全就労者(正社員含む)の賃金アップでもない限りもう上がることはないのですが。

それでもこの辺りの中では給料が良いと言われている工場。
私がこの工場で働き始めた年のフランス全体の最低賃金は9,22 € / 時。求人をかけていたほとんどの雇用主はこの最低賃金をベースにしていたのですが私は 9,85 € / 時から開始。今回のアップで 11,54 € / 時 (最低賃金 9,53 € / 時 ) となりました。

但し、この数字は brut ( 税引き前支給額  )。
これから健康保険、家族手当負担金、労災保険、寡婦年金、老齢年金、失業保険、補足退職年金、補足年金、控除対象一般社会税、社会負債返済税、源泉徴収所得税、、、などが引かれたのが net ( 手取り )。 大体 brut の2割減くらいでしょうか。


さらにオーランド政権になってからそれまで非課税であった残業代( 通常賃金+25 % )も課税対象になってしまったので、 かなり引かれてしまっている感があります。
就職活動する際にはbrut よりnet での賃金を聞くようにした方が良いですよ。

私が勤務している間にも一度工場の労働ストライキで全体の賃金がアップしたことがあるのでまだ今後の給料アップも期待できないこともないかもしれません。
労働ストライキ、さすがフランスと思ってしまいます。

0 コメント

2014年

4月

05日

toucher le peau du singe 猿の肌を触る


'' toucher la peau du singe ''  トゥシェ  ラ  ポウ  デュ  サンジュ 

 

先日職場で耳にした言葉。

フランスに住み始めて10年以上が経ちますが、初めて聞いた言葉。

直訳 すると 「猿の肌を触る」。
他人の頭を触りながらこの言葉をいう事で自分に不幸が降りかかってくるのを避けるという意味があるのだそう。


この言葉を言いながら私の肌を触って来たので

「 アジア人=黄色人種=猿!? 」と、また差別か!!と思ったのですが、人間の元々の起源は猿だからとの事で、今回は私が勘ぐり過ぎたようです。

それなら '' toucher du bois ''  トウシェ  デュ  ボワ ( 直訳 : 「木を触る」 )  と言いながら木製の物を何か触るのと一緒の意味?と聞くとこちらの表現は知らないとの事(何人かに聞いても同じ答え)。
以前住んでいた所の人達は皆こちらの表現を使っていたのですけれども。

彼らからは「山 ( = 木 ) の多い地方だったからじゃない?」などと的を得ているのだかいないのだか分からない答えが返ってきたのですが。

私の彼 ( もちろん両方の表現を知っている )に言わせると、職場の同僚の多くはこの小さな地域すら出たことのない人達だから自分たちの周りの世界しか知らないんだよ、といつもの様に苦笑いしていました。

また  
" croiser les doigts "  クロワゼ  レ  ドワ
( と言いながら両手の人差し指と中指を交差させる ) もほぼ同じような意味に使われますが、こちらはより健康や宝くじに当たる、、、などの願いをかける時に多いように思われます。

結局一番古いのは toucher du bois 。

なんでも ペルシアやエジプトの栄えていた古代から ( 紀元前11世紀 ) 既に使用されていたようで、「木を触る」という事は火の神Atarの保護の下に置かれる事を意味していた様です。
それなのでなかなか木が見つけられない時に備えて鞄の中に木の破片を入れて持ち歩き、何かある毎に禍が降りかからない様触っていたとか。

中世でもやはりキリスト教徒たちが逆境、苦難から逃れる為に「木の十字架に架けられ自らを犠牲にしたキリスト」から「木を触る」という言葉を使用していたみたいです。

 

toucher la peau du singe  はフランス北部でしか使われていない様です。

0 コメント

2014年

3月

31日

母の誕生日


今日は母の誕生日。
ただその母は悲しい事に昨年末に他界してしまったのですが。

でもこの日は私 ( 私の家族 ) にとってはこれからもとても大切な日になっていく事でしょう。
かけがえのない大好きな母が生れてきてくれた日。
この日がなければ私もこの世にいなかった訳で。
74年前に生まれてきてくれ、そして最後の最後まで暖かく家族を見守って来てくれた母。

これからもずっと一緒だよという気持ちを込めて、彼の提案で母に盆栽をプレゼントしました(手前の物)。

後ろの大きな盆栽は彼の家族が私の40歳の誕生日にプレゼントしてくれたもの。
親と子の大きさが逆になってしまいましたが、この盆栽たちはこれからもずっと私と同じように年を重ねて行ってくれるでしょう。

こういった母に対する私の全ての行動を理解してくれる私の彼にもとても感謝しています。
恐らく日本人独特の感性からくる物、行動を受け止められない人もいるかと思いますが。二つの文化が交わるのは時に難しい事もあるのですが、本当に有難いです。


2 コメント

2014年

3月

30日

サマータイム、日本では?

日本では、太平洋戦争後の連合軍統治下において実施されていたようですね。

1948 年から 5 月の第一土曜日の 24 時 ( =日曜日の 1 時 ) から 9 月の第二土曜日の 25 時 ( =日曜日 1 時 ) までをサマータイムとして設定していました。

但しこれは 1952 年 4 月 11 日に連合軍の占領が終了するのに先立ち廃止されたとの事。

 

2005年8月12日にNHKオンラインが実施したアンケートでは、反対派が賛成派をわずかに上回ったようです。理由は以下の通り。

  • 日本列島は東西に細長いため、東日本と西日本で日の出・日の入りの時刻に大きな差があり、全国一律にサマータイムを導入するには不適。
  • 日本は湿度が高く、日没後も蒸し暑いため、帰宅後の冷房需要が他国と比べて大きい。
  • 日本の周辺国の多くはサマータイム制を導入していないので、欧米のサマータイムに合わせる必要性が薄い。
0 コメント

2014年

3月

29日

L'heure d'été サマータイム


2014年3月30日の深夜2時。
フランスは ( 一部を除く他のヨーロッパ諸国も同様 ) サマータイムに変更されます。

深夜 2 時に時計の針を 1 時間進め、深夜 3 時にする。

つまり今晩は皆通常よりも 1 時間睡眠が少なくなってしまします。
 
 今朝職場の同僚に言われるまですっかり忘れていたのですが、今はテレビのどのニュースでも必ず最後に 「 今晩は時計の針を1時間進めるのを忘れないように 」 と繰り返し促してくれますし、パソコンなどでは自動的に時間を直してくれるシステムも入っていたりするので、忘れて困ってしまう人はほぼいないといって良いかと思いますが。

この「サマータイム」でいつも思い出すのが、 20 年ほど前にリヨンで留学生活を送っていた時の事。
当時、フランス語はまだ良く理解できず、さらに新しい土地に着いたばかりなので友達もまだいない状況で一人で寮生活を ( テレビももちろん無し ) 送っていたのですが。
サマータイムに関しては全く知識が無く、また授業で話していたかもしれないけれども、良く聞き取ることが恐らくできなかったのでしょう。
月曜日に学校に行ってみると、ほとんど人がおらず、学校だけではなく町全体も静まり返っていて。おかしい、今日は祝祭日だったっけ!?と。
実はその週末にサマータイムから冬時間に替わっていたのを知らず通常より 1 時間早く登校してしまったのです。

この様な苦い経験があるので、それ以降は間違えてしまったことはありませんが。

このサマー・ウィンタータイムの導入は、フランスでは1973-1974年のオイルショック以降設置され、1998年よりヨーロッパ各国 ( 一部を除く ) と共通の時間を取るようになっています。

つまりサマータイム導入日は3月の最終日曜日 、ウィンタータイム導入日は10月の最終日曜日  。
日照時間に合わせた生活をすることで出来るだけエネルギーの消費量を抑えることを目的としています。

 

これらが土曜日と日曜日の間の深夜に行われるのはなるべく生活に支障のない様にする為。フランスは基本的には日曜日の就業は基本的には禁止されているので、学校も休みの週末に行った方が交通機関等も含めた混乱が少なくなるからなのでしょう。

なぜエネルギー消費の抑制になるのか。
3月31日 のパリを例に挙げると、、、

冬時間のままだと日の出は 6 時、日の入りは 19 時 45 分。
それを夏時間にすると日の出は 7 時、日の入りは20 時 45 分。
と朝、夕それぞれ1時間ずつのエネルギー使用量の削減になるのです。


また、一年で一番日照時間の長い日が冬時間のままだと日の出は 4 時 15 分、日の入りは 21 時 30 分になってしまいますが、それを夏時間にする事で日の出は 5 時 15 分、日の入りは 22 時 30 分まで延ばすことができます。

通常ほとんどの人が就寝している 5 時にはあまり明かりは問題にはなってきませんが、逆に 21 時 30 分から 22 時 30 分の間には明かりはほぼ必然。 22 時 30 分まで日の光があるのであれば人工的な明かりは必要ないのです。


青 : 夏時間を実施している国・地域
橙 : 過去に夏時間を実施したが現在は行っていない国・地域
赤 : 夏時間を実施したことのない国・地域

 

そしてこれらの国では以下の効果が得られると考えられているようです。

  • 明るい時間を有効に使えるので照明の節約になる。
  • 交通事故や犯罪発生率の低下。
  • 活動時間が増えることによる経済の活性化。
  • 午後の日照時間が増えることによる余暇の充実。

但し、もちろんこのシステムに反対する声もあり、その理由としては以下の通り。

  • 明るいうちに帰宅すると、暑い時間を家で過ごす時間が長くなることから冷房による電気の使用量が増え、照明の節約効果以上にエネルギー消費量が増える。それにより、かえって電気代も増えることになる。
    ( 但し、この理由は一般家庭では冷房機器の少ない欧米諸国にはあまり当てはまらないかと思いますが。 )
  • コンピューターを利用する各種システムを更新しなければならないなど、移行コストがかかる。
  • 時刻切り替え時に一時的に交通事故が増加するという報告もある。
  • 日本においては、個人の時間を削り労働時間 ( 残業 ) を増やす上、最悪サービス残業の温床になりかねないという指摘もある。

 

私は賛成はですが、皆さんはどう思われるでしょうか。

0 コメント

2014年

3月

22日

やっぱり美味しい物が食べたい

① 『 野菜 』

出来るだけ農家直送の野菜屋を利用するようにしています。
家から徒歩10分強の所にあるその野菜屋、たまたまその隣の店に行く用事があった時に、興味津々で入ってみたのが始まり。それまでは存在すら知らなかったのですけれども。

農家直送な上、商品に触れられるのは店員のみなので衛生面も良し。
順番待ちで自分の欲しい物を店員に伝え(全て量り売り)取ってもらうシステム。
どんな料理に使いたいのか、いつ頃食べるつもりなのかを伝えるとそれに合わせた物(熟成度含め)を選んでもくれたり。
しかも余分な梱包など一切ないので(野菜も皆ケースに入ったまま陳列されている)その分恐らくコストダウンでき、値段もスーパーと変わらないというより逆にスーパーより安かったり。
その上、味が全然違う( 「味がある」と言った方が良いのでしょうか。)!!!

② 『 卵 』

同僚の両親が飼っている鶏 ( 30羽くらいいるらしい ) が産んだものをもらっています。写真の様なイメージでしょうか。

広大な土地で飼っているのでストレス無し。量は時期にもよるけれども毎日、毎日元気に産んでいるようです。
食べている物は恐らく残飯など。なので全くのBIO。

Mサイズ : 1.5E / 12ケ

L サイズ  : 2.0E / 12ケ
と、やはりこれもスーパーの料金と同じか安いくらい。
違いは白身は美味しそうに盛り上がっていて、黄身はきれいな濃い黄色をしていること。
スーパーなどの卵(安めの物)は割ると「べちゃ」とした感じになるのですが、これらの卵は「プルン」とする感じ。なんとなくイメージしていただけるでしょうか。
やはりこちらも味が全然違います!!

③ 『 肉 』

その同僚から教えてもらった、家から車で5分ほどの所にある畜農家で直接購入。
若いカップルが近年になって始めたサービス。
年に4~5回ほどメールで希望者を募り(量に限りがあるので先着順)、自分の所の牧場で育てた牛を自ら処理し、直接販売してくれる。
 
( 「今まで家族同様に育ててきた牛の・・・ちゃん・・・歳とさよならします。」などというようなメッセージも書かれていたりして 。)


口づてで最近ではかなり広まって来たのでナントの方まで出張サービスもしているみたいですが。

肉は全て前日にさばかれた物。それを全て一つずつ真空パックに分けて入れてくれているのでこちらも手間なし。そのまま冷凍庫に入れておけば新鮮なままいつでも好きな時に美味しい牛肉が食べられます。

写真① 

こんな風に決められた日に牧場まで取りに行くと冷蔵車から既に準備された肉の入った小箱を取り出してくれます。

写真②

良く見えないと思いますが、山羊や羊などもいたりします。

写真③

今回オーダーした3歳と3ヵ月の牛から取れた肉。
12 種類でトータル 10 kg ( 11,50 E / kg )。

* 10 ㎏、12 ㎏、15 ㎏ から選択

写真④
あまりきれいに撮れてはいませんが、、、早速食してみました。
スーパーの物よりボリュームがあり、なんといっても肉の旨みが違う。

ステーキにしてもスーパーのゴムの様な物と比べたらとっても軟らかくて美味しい!!

もちろん自分たちの「少しでも美味しい物を食べたい」という願望が一番ですが、
地域の産業を発展させる、若い人達の力にもなれる、、、かな、と。

もちろんここに限らず直接販売をしている畜産農家は沢山あるかと思いますので、機会があればぜひ色々当たってみて下さい。

私たちも今度は「豚関係」を探している所です。

0 コメント

2014年

3月

17日

派遣会社は有効に利用しましょう!!


以前のブログにも書きましたが、派遣会社にももちろん福利厚生があります。
派遣会社によって内容に若干の違いがありますが ( 必要時間数、還元金額の違いなど )利用しない手はありません。

例えば私の所属する Adecco のそれは以下の通り。

 

1  過去 12 カ月の総労働時間が 450 時間以上
 ・映画の入場券 4.20 € ( 通常 9 ~ 11 € )

 ・冠婚葬祭 商品券 40  €

 

2   同 700 時間以上( 但し 6 ヵ月の継続した労働であること )

 ・「Adecco Relax」 : フランスとスペインの 114  か所にあるリゾートアパートが 168 €~ 306 €  (  アパート、地域、期間により 異なる  ) /  週 で利用可能

 * 但し勤続年数の多い者から優先的

 ・「DEGRIFF’RELAX」 : 利用率が 55  % 以下のリゾートアパートが  132  € / 週  で利用可能 ( 但し学校の休暇期間は除く )

 

3  同 900 時間以上(  同 6ヵ月、12ヵ月 )

 ・Disney, Astérix, Futuroscope やセントラルパークや動物園が割引料金で利用可能
 ・保育、家事、介護サービス等に使用できるチケット

  14 € / 枚 を 10 € / 枚 で購入可能 ( 120 € / 年 まで購入可能 )
 ・書籍・ディスク等に使用できる商品券

  10 € / 枚 を 5 € / 枚 で購入可能 ( 120 € / 年まで購入可能 )

 

4  過去 18 ヵ月 の総労働時間が 1450 時間以上( 但し 12 ヵ月、18 ヵ月の継続した労働であること )
 スポーツや文化 : 各種会員費の負担

  年間 80 € / 派遣社員一人当たり、20 € / 家族一人当たり

 ・趣味や公演 : チケット購入金額の40%を負担 

  ( 120 € / 年 まで )

 ・林間学校等 : 登録費用の40%を負担 

  (但し 収入額により一家族当たり150、400、600 € / 年 の制限有 )

 ・キャンピング場 : 7月12日~8月23日までの期間で一回のみ利用可能

  80 € / 派遣社員一人当たり、20 € / 家族一人当たり
 ・旅行 :一定期間で宿泊施設を含む往復の船舶航空を利用した国外旅行の負担
  ( 収入額により一家族当たり 80 ~ 120 € )  

 

その他ヴァカンスやクリスマスプレゼント用の小切手(何%か負担してくれる)、クリスマスプレゼント ( 贈呈 ) などもやはり派遣社員の労働条件(総労働時間等)によりけりですが申請できたりします。

「なかなか素晴らしいサービス!!」と思うかもしれませんが、ここがまたフランス。
これら全ては前回のブログでも話したように、こちらから要求していかないと何も得られません。
向こうから話してくるという事は一切ないので自分で勉強しないと本当に損をしてしまいます。


クリスマスプレゼントも貰ったことはありませんし。
時計や商品券をプレゼントしている派遣会社もあったりするのですが、どうやら私の所は残念ながら「ケチ」で知られているようです。


工場で着用するユニホーム ( セキュリティーシューズを含む )なども契約上派遣会社が「きちんとした物」を揃えることになっている( =基本的には一年ごとに新品を提供しなければいけない )のですが、「在庫を切らしている、サイズが無い、、、」等の理由でそれもほとんど守られていません。どうしようもなくボロボロになっていたとしても、、、。何度も何度も出向いて行って訴えないともらえる物ももらえません。

以前話をした「釣り許可証」もこのシステムでは「スポーツ・文化」に当たり、年間で80€まで返金してもらえるのですが、一年目はこういったシステムを知らなかったので無駄にしてしまいました。ああ、勿体無い。

ヴァカンス小切手はそろそろ申請時期が近づいてきているので、逃さないように気を付けないと思います。

0 コメント

2014年

3月

14日

フランスで気を付ける事。


フランスはとにかく自分で動かないと何も得られない国。


日本のサービスが過剰と言えばそうなのでしょふが。
質問して答えが得られないことはほぼなく、求めた以上の答えをもらえることも多々。

それに比べフランスでは待っていては本当に何も得られません。

当然の義務、サービスであっても向こうから勧められることはまずなく、例え勧められたとしても、本当にそれがこちらの得になるのか信用できないこともままあり。

例えば以前自動車購入の為にローンを組んだ時の話。

銀行側の提示した利子率がネット(その銀行のサイト)で調べた物と違いそれを指摘したところ、

 

「それは先月末までのプロモーション。残念ながらもう利用できません。何か出来るか上司に掛け合ってみますが、、、。」

と、後日提示されたのは最初の提示率より若干低くなったもの(ネットのそれよりかはまだ高かった)。


「私が最大限に出来るのはこの数字まで。本来ならこの数字を出すのも難しかったのですけれども、お客様だから特別です。」

 

などと言われたので危うくサインしそうになったのですが、
どうにも以前に自分で見たネット上の数字が気になり返事を少し待ってもらうことにしました。

そして、やはりネットで見てみると「プロモーション」はまだ継続中。

銀行を再訪、その旨を伝え一緒にネット情報を確認してみることに。

すると、
「あっ、本当ですね。私個人に本社から送られてくる業務情報には載っていなかったものでしっかりチェックしていませんでした。大変失礼いたしました。」

と。
銀行に限らず電話会社、鉄道会社、その他生活する上で必要なもろもろの事に関して常に自分で情報を得、チェックを怠らない様にしないと、気付かないところで損をしていることもありますので気を付けて下さい。
 

0 コメント

2014年

3月

13日

フランスの派遣会社事情

派遣労働 ( interim )


 フランスの「派遣労働者」の呼称は 「一時的(臨時的)労働者」 ( travail temporaire )。

* 基本的に「派遣労働者」と「正規(無期)労働者」の相違 (法律上均等待遇 が原則 ) が「期間の定めの有無」に集約されている為。

 

法律上均等待遇 =

就労期間中の賃金や社会保障などの労働条件は、派遣先企業内の同様職種・地位の労働者と同等の扱いを受ける。

 

フランスの労働契約は大まかに分けると次の二通りになります。
① 「期間の定めのない雇用契約」( CDI : Contrat à durée indéterminée )

② 「有期雇用契約」( CDD : Contrat de travail à durée déterminée )

* 派遣労働者は後者のカテゴリーに入ります。

 

派遣という雇用形態が見られるようになったのは1960年代。
労働者派遣を規制する法律が制定されたのが1972年。

そして2008年にはフランスにおける派遣労働者数は労働人口の2.1%にあたる60万人強を占めるまでになりました。


派遣労働者の利用事由としては以下のものが挙げられます。

⑴ 恒常的業務ではないこと

⑵ 病気等で休んでいる社員等の代理要員

⑶ 一時的な増加業務 ( 季節労働等 )

⑷ 本来的に一時的な業務 ( 船舶修繕、引越、映画制作等 )

⑸ 雇用政策上の措置 ( 失業者の求人の促進等 )

そして

派遣期間は 上限 18ヵ月、更新1回可能

( ただし、他の雇用者の代理要員及び安全 確保のための緊急作業は9か月 )

 

派遣禁止業務としては
⑴ ストライキ中の労働者の代替 等

⑵ 危険業務 ( 例:特定の化学物資が放出される業務、核物質・放射 性物質のある現場における業務等 )

 

派遣期間は1週間や2週間単位の短期契約が多 数を占めているのは 「 不安定雇用手当制度 」 が影響しているのではないかと。

「 不安定雇用手当 」 は、派遣労働者等に対するセーフティネット。

: 契約終了後、派遣先との間で期間の定 めのない労働契約が結べない場合及び次の派遣先が決まっていない場合には、派遣元から 派遣期間中に支払われた給与総額の 10 %に相当する手当が不安定雇用手当として支給さ れます。

( また失業保険は2009年1月より、過去28ヵ月に4ヵ月以上労働した人が受給できるようになっています。)


フランスの派遣労働者の特徴は

グループA : 労働市場に新規参入する若者

グループB : 資格がなく他の仕事に就くのが困難な労働者 ( 年齢は様々 )

グループC : 専門的な集団で派遣労働という職種を自ら希望して選んでいる人々

 

また以下の様にも分類できます。

㋐ 単純労働者のグループ : 資格がいらないが、労働条件が厳しい。
㋑ 有資格労働者のグループ : 高学歴で資格を有し、職業上の技 能も有している

* 例 : 医療分野における派遣労働者等。

 

派遣労働のコスト

派遣先 は

・ 本来正規社員に支払うべ き報酬 ( 均等待遇原則 )+派遣会社に払う派遣料金

・ 派遣労働者が期間の 定めのない雇用契約 ( CDI )に移行できない場合の不安定雇用手当の費用

を負担しなければいけません。

そのため、企業にとり派遣労働者を雇うことはコスト的には高き、加えて利用事由による制限もあるので安易に人件費の抑制のためだけに派遣労働者を使 用することはできません。

ただ、コストが高くても 有期労働者という点で、正社員よりも柔軟に雇うことができる為、現在も雇用が進んでいるというのが事実です。

 

≪ 地方圏別での派遣労働者への依存率 ≫

 

依存率の高い所

フランス北部のピカデリー( 5.5 % )

オート・ノルマンディー ( 5.4% )
オート・ノルマンディーの南に位置するサントル ( 5.1% )

東部のフランシュ・コンテ ( 5.4% )

 

依存率の低い所

南仏 ( ラングドック・ルーションとプロヴァンス・コートダジュール) ( 3.0% )

パリ首都圏 ( イル・ド・フランス )( 2.8% )

 

パリ首都圏を除くと、派遣労働者の依存率は、北高南低の傾向が見られます。

 

また派遣労働者への依存は、工業(主に製造業 )及び建設業において多く見られます。

* 賃金労働者のうち工業部門に雇用される者は、全産業の22.8%を占めるに過ぎないが、派遣労働者では全体の47.3%が工業に属している。

 

ちなみに派遣に限らず労働者にとっての大切な窓口、雇用局は日本の公共職業安定所(ハローワーク)に該当するサービスを提供する組織で 、提供しているサービス内容は、職業紹介と失業手当の支給、各種求職支援となっています。


ここでは職業訓練も斡旋されています。
理由としては、 若年者が労働市場に参入する際、まず非正規雇用というプロセスを利用 することが多い為。また、資格や学歴のない失業者を労働市場に戻す為にこの様なサービスを行っています。
追加的なサービスとしては社会的(福祉的)サービス、医療サービス、住宅サービス等が あります。

特に医療サービスについては、雇用局へ求職者登録を行う際に、健康上問題がある 場合は産業医による診断が義務付けられているため、重要なサービスとなっています。

 

以前は、

職業紹介 = 国の機関である公共職業安定所 ( ANPE )

失業保険 給付 =

 ・ 失業保険の管理 =  労使により設立されていた公益法人である全国商工業連合 ( UNÉDIC )

 ・ 保険料の徴収 = 地域組織である商工業雇用協会 ( ASSÉDIC )

 

とカテゴリーが分類されていましたが、2008 年2月 13 日の公共職業サービス組織の改革 に関する法律により、ANPE と ASSÉDIC が正式に統合し、雇用局(Pôle-emploi)となり 失業給付と職業紹介の機関が一元化されました。

 

 

以上、独立行政法人 労働契約研究・研修機構 などから抜粋させていただいたのですが、どうでしょうか、、、。

フランスにおける労働の仕組み、何となく分かっていただけたでしょうか。

ちなみに私は派遣労働者として工場で働き始めて2年半ほどになります。
一回の契約期間は2~3ヵ月程。期限が切れる前に契約を結び直す、、、という事を繰り返しながらこれまできています。
工場の閉まる夏の1ヵ月間は契約を結ばないから「18か月を上限に契約更新は1回のみ」というのに当てはまらないのですね。

0 コメント

2014年

3月

12日

フランスの失業率


失業問題はフランスでも残念ながら常に政府の重要課題の一つとなっています。

そしてペイ・ド・ロワール地方の失業率は 9,1 % に達しています( ただし主要都市の 10,4 % と比べると低い部類に入りますが ) 。

私の住むこの Pays de la Loire ペイ・ド・ラ・ロワール地方( 人口 360 万人 )で昨年、経済的理由での解雇の為にハローワークに登録した人の数は 13 548 人 ( 前年比の 18.5 % 増  ) 。
そして 2014 年 1 月の 1 ヶ月間で既に1098人が同じ理由で登録。
 
また 2014 年 1 月末で全く仕事が無く求職している人の数は昨年度のそれと比べて6,4 % 増加。そのうち 21,2 % を占める 50 歳以上の求職率が一番顕著でこの一年で 12,5 % 増加したとの事。

 

この地方での A , B , C 全てのカテゴリーの総求職者数は 278 199 人 ( A : 全く労働なし、 B : 78 時間以内/月の労働有、 C : 78 時間以上/月の労働有 )と 2013 年 1 月のそれと比べると 6,9 % の上昇を記録しています。
( ちなみに私はこのカテゴリーCに入っています。)

それに比べてこの 1 年間の求人数は 154 215 と前年度比の 8,6 % 減。
中でも工業、機械、建築業の従業員数は特に減少、が目につくのは2011 年半ば頃からの派遣社員数の上昇。この四半期で 3,6 % ( 国内平均は 2,6 % ) の上昇が見られるとのこと。
 
という訳で、今回は数字ばかりでしたが、次回はこの「派遣社員」の現状に関して少しばかり話してみたいと思います。

0 コメント

2014年

3月

11日

Châteaubriant での求職


シャトーブリアンに移って来てから、私は派遣会社を通じて工場に勤務しています。

 

観光地シャモニーではほとんどの求職者は 「 当たって砕けろ 」 戦法で、ホテル・レストラン・その他商店などに雇用の可能性の有無に関わらず直接 CV ( 履歴書 ) を持って行き求職の旨を伝える というのが基本で、大抵は成功するのですが、、、。

もちろんこの町でも数少ないながらもシャモニー戦法でパン屋、軽食・喫茶店、スーパーなどに CV を出してみましたが、良い回答を得た所は無し。
小さな町で既に商店では雇用が一杯。「誰かの空き」を狙うしかなく。
観光地でもないのにそんな少ない「空き」にわざわざ外国人を雇うというのは専門職でもない限りなかなかないことなのではないでしょうか。

この辺りでは求職者はまず「派遣会社に登録する」事が基本の様です。
それも出来るだけ多くの派遣会社に。
登録する際には、職歴、希望職種、希望通勤距離、免許の有無などを尋ねられます。が、希望職種に関しては逆にこれだけはやりたくない、出来ないという事を伝えて、それ以外に関しては「問題は無いです、やってみます」と答えた方が良いでしょう。柔軟性を見せるのが大事。
こだわり過ぎるともともと少ない求人の幅をさらに狭めることになってしまうので。

大手の派遣会社では randstad ランスタッド、adecco アデコ、manpower マンパワーがあります。

募集内容には大して違いはないかと思いますが、福利厚生の面でそれぞれの会社によって充実性が違ってきます( その辺りはまた次回お話をしたいと思います )。

求職者はそれぞれの派遣会社のインターネットや右写真の様に外壁に貼られている求人表を見て情報を得ることもできますが、週一回くらいは必ずモチベーションの高さを示すためにも窓口に顔を出した方が良いです。


派遣会社が求人主に求職者のCV+PR書を送り、面接までこぎつけるのがまず一歩。
求職者が直接求人主にコンタクトを取ることはないので、やはり上記にも書いた通り、派遣会社の職員に良いイメージを持ってもらう事 = 強く推薦してもらえる という事につながってきます。

求人主も大抵は数か所の派遣会社に募集を掛けるので、どの派遣会社から労働者を確保するかはその時に状況で順繰りに、つまり派遣会社間で雇用の数がほぼ均等になるようにしているようです。
それなので福利厚生がしっかりしているのでこの派遣会社から職を得たい、とこちらが思ってもそれは運次第。

ちなみに私と彼は同じ工場で働いているのですが、派遣会社は私はAdecco、彼は昨年までの Randstad から工場側の都合で今年から Crit になっています。

福利厚生はそれまでの総労働時間によって利用できるものが決められているので、派遣会社の変わった私の彼はまた0 時間から始めなければいけなく、興味のある物は最低でも450 時間以上、それ以降は900 時間以上からしか受けることが出来ず損をした気分です。

こればかりは工場側の都合なのでどうにもしようがありませんが。

雇い主との面接までこぎつけてももちろん全ての者が採用されるわけではないので、供給よりも需要の高いこのシャトーブリアン、その近郊の町の中でもかなり大きいと言われる ( 賃金もこの辺りの平均より高い )二人揃ってこの工場の職に就けたのはラッキーと言っても良いでしょう。

0 コメント

2014年

3月

10日

釣りのテクニックを学ぼう!!

どんな物を揃えれば良いのか


以下のサイト、初心者向けに良く説明されていると思いますので、興味のある方は見てみて下さい。

http://www16.plala.or.jp/tarcyan/index4f-1f.html


実践テクニック


① 魚に自分の姿を見せない

「 si tu vois la truite , elle te vois aussi  」 と良く言われるのですが、
まあ直訳すると 「 魚を見たら、魚も自分を見ている ( = 逃げらる ) 」 というところでしょうか。

川岸に近寄りすぎるとその存在を察知し、餌にも近寄らなくなってしまうようです。
 
また、立ち姿勢だと光の屈折で自分が見えていなくても魚には自分が見えている可能性もあるので、出来れば少し前かがみになった姿勢、或はしゃがんだ姿勢でいた方が良いそうです。

② 大きな音を立てない

 

歩く時もなるべく振動を立てないように。水に振動が伝わり魚が逃げてしまいます。
砂利道より、出来れば土、大きな石の上を歩くようにした方が良いようです。

 

③ エサ

 

日本ではイクラブドウ虫が適していると言われているようですね。

イクラは市販の塩いくらでも大丈夫とのこと。

 

私達は古典派のミミズ!!
彼の両親の家には自家製堆肥 ( 野菜の皮や食事の残り物などを土に埋めているだけ ) が豊富にあるので活きの良い大きなミミズが一杯いて大助かりしています。

 

* 他の方のブログから拝借

『 渓流魚は、通常上流に向かい、上流から流れてくる虫など待っているので、餌を上流から自然な感じで魚のいるところに向けて流すことをイメージするとよいです。
また、底近くにいることが多いので、底より少し上で餌を流すことをイメージするとよいです。』

④ 魚のいる場所

 基本的には大石の影や木立の下、川底に変化のある場所。

  以下やはり他のサイトからなのですが、かなり納得のいくものなので拝借させていただきました。
 
 * 外敵から身を守れる場所
流れがあっても川底が一枚岩であったり、砂地などの流れが平坦な場所は魚が居付かないことが多い。
*  餌 ( 川虫 ) がゲットできる場所
* 新鮮な水が流れていて気持ちの良い場所
* 日陰になっていて、上から見えにくい場所どちらかと言えば浅場で、大石・小石が咬んでいる場所
* 流れが大きく曲がっている場所
* 浅場から深場、深場から浅場など、水深が大きく変化している場所
* 流れが合流している場所
* 白い泡の流れのある場所
* 滝や堰堤などのチョットした流れの障害物の下流
* 急過ぎるガンガンの流れより、少し緩くなった流れで底から湧き上がってくるような流れの場所


⑤ 釣り方


やはり他のサイトからです。

 

* 竿は上流側に振って仕掛け(エサ)を振り込み、流れに沿って仕掛けを流し、下流側まで流れ切る少し前に、軽く合わせて仕掛けを取り込みます。

* 川原に余裕があれば、仕掛けを流す筋に合わせて川から離れたり、水際まで近寄ったりして、アタリに合わせ易くするようにする。

* 川の水深は一定していないので、仕掛けが流れている場所の深さに合わせて竿先を上げたり下げたりして、なるべく仕掛けが底を流れるようにする。


、、、私も勉強になりました。
次回はぜひこれらの事に注意してみたいと思います。

  
  

0 コメント

2014年

3月

09日

La pêche à la truite Day 2 鱒釣り第2日


鱒解禁日から一日明け、今日もかなりの晴天だったので再び釣りに出かけて来ました。

2 週間程前に解禁日の為に大量に鱒を放流しているのでまだまだいるはず!!


今日トライしたのは同じ Loire-Atelantique 県内、Châteaubriant から 14 km程にある Soulvache スールバッシュという村近くの川の支流。
昨年も解禁日明け近くにやはりやって来て鱒を釣り上げた記憶があるので、期待大。

しかしそれにしても、ここは村の名前が示しているように ( と言っても私が勝手に解釈しているのですが ) 牛が一杯、、、。私たちが釣りをしているこんな水際の近くまで。

Soulvache........ 

 soûl 「  酔った 」 、 vache 「 牛 」
 
本当にこれは自己解釈なのですが、いつもこの村の名前を聞く度に 「 酔った牛 」 のイメージが頭の中に浮かんできてしまいます。

今日の牛達、長雨の続いた後の晴天とあり、人間と一緒ですね、かなり嬉しそうに飛び回っていました。酔っていた訳ではもちろんない、、、はずです。


なんとも美味しそうな乳を蓄えたホルスタイン。

釣りをしながら牛観賞も穏やかな気持ちになって良いですね。



昨日 0 匹だった彼女も鱒ではありませんが、
ローチを釣り上げ喜んでいます。

ただ、やはりかなり小さいので水に返してあげたようです。


彼は昨日鱒 1 匹をゲットしたのですが、それだけでは物足りない!!と牛が近づいてきてもなんのその、その眼は真剣に鱒を狙っていたのですが、、、0 。


そして私の釣りの師匠は、こんなにまでして頑張っていたのですが、、、
今日も 0 匹でした。

そして今回私がゲットした魚たち。
soulvache とは相性が良いようです。
丑年生まれなせいでしょうか?(そんな訳はないですね)

上の 2 匹は待望のTruite ( 鱒 )。体長 31 cm。悪くないですね。

下の 1 匹はコイ科のローチ。 27 cmと比較的大きかったので食用にさせてもらいます。

0 コメント

2014年

3月

08日

L'ouverture de la pêche à la truite 鱒釣りの解禁


3月8日(土)は2014年の鱒釣りの解禁日。

Châteaubriant から車で 1 時間強程の Bretagne ブルターニュ地方はIlle-et-vilaine イルエヴィレンヌ県まで早速出かけて来ました。
集合したのは昨年とほぼ同じメンバー。
地元の親子とその友人、友人カップルと私たちの総勢7名。

通常は日の出の30分前から釣りが可能なのですが、この日だけは午前8時から。
私たちは8時30頃目的地に到着したのですが、既にかなりの人がそれぞれ期待を込めて釣り竿を下していました。

 

 



1 時間程すると友人がコイ科のローチという魚をゲット!!

ただ、骨の多い魚なので ( 小麦粉にまぶしてバターで炒めて食べるのが美味しいとのこと ) 、かなり大きめでないと水の中に返すのが通常 ( 或は大型の魚などの活け釣りに使うことが多い ) 。で、やはり水に返してあげたようです。


その彼女は、、、一生懸命鱒のいそうな所を探していますが、、、なかなか釣れませんね。
結局この日は彼女は 0 匹。


本日の 2 位、 3 匹の鱒をゲットしたのはこの人。

着ているものからして気合が違いますから。
胸まで水に浸かれるウェットスーツを着用しています。

まあ地元の利というのもあるかとは思いますが、、、。



そして堂々の 1 位は 13 歳のアントワン。
昨年は一匹も連れずしょげていたのですが、、、この成長ぶり。
なんと5 匹も!!
どんなテクニックを使ったのか、、、。
是非とも次回享受してもらいたいものです。


お父さんも息子の成長ぶりには誇らしげ。

父親のメンツでなんとか最後の最後に 1 匹釣り上げる事が出来、内心ホッとしていたようでもあります。


そして午前 8 時から午後 4 時過ぎまで 8 時間以上かけても私と彼は 1 匹も釣ることが出来ず、カップル対抗釣り大会は断然ビリになってしまいました。

数日前までは日照時間のほとんどない雨続きの暗い、肌寒い日々を過ごしていて、この解禁日も延期になるのではないか ( 大雨の影響で川が氾濫する可能性があった ) と心配していたのですが、久しぶりの晴天に恵まれ、気温も上昇し素晴らしい自然の中、仲間とこんな風にじゃれあい(?)ながらとても良い一日を過ごすことが出来ました。

0 コメント

2014年

3月

07日

フランスの釣り事情


フランスで釣りをするには、まず 「 Carte de pêche 釣り許可証 」という物を購入しなければいけません。

(  許可書無く釣りをしているのが見つかれば罰金を取られます。 )

 


そして、

 

★ 第 1 級河川
解禁日 : 3 月の第 2 土曜日~ 9 月の第 3 日曜日

釣竿の本数 : 1 本

 

★ 第 2 級河川

解禁日 : 年間可能

 但し ..... Brochet ( カワカマス )  : 5 月 1 日~ 翌年最終日曜日 

        Ombre ( イワナ )      : 5 月の第 3 土曜日~ 12 月 31 日
        Salomonidés ( サケ科 )   : 3 月の第 2 土曜日~ 9 月の第 3 日曜日 

釣竿の本数 : 4 本まで

 

というような決まり事がまずあり、時間帯は日の出 30 分前から日の入り 30 分後まで。

 

またそれぞれの魚の種類によって 「 捕ってよい大きさ 」 というのが事細かく決められています。

 例えば ..... カワカマス : 50 cm以上

          イワナ    : 30 cm以上

          サケ科   : 23 cm以上
これに満たない場合には水に戻さなければいけません。これも違反をするとやはり罰金が取られます。

        

さてこの「魚釣り許可証」ですが、色々な種類があるので自分にあった物を選ぶと良いでしょう。
料金に若干の違いのある県もありますので注意してください。

① 『 Carte majeure 』 カルト・マジャー ( 18歳以上の成人) : 71 E

 *   釣竿 4 本まで。  
 ** 但しロワール・アトランティック地方のみ釣り可能。

② 『 Carte interdépartementale 』 カルト・アンテルデパルトメンタル : 90 E

 *   釣竿 4 本まで。

 ** フランス本土 95 県中 8 県を除く全ての県で有効。

(以前住んでいたシャモニーのあるオート・サヴォワ地方はこの8県の中に入ります。)

③ 『 Carte mineure 』 カルト・ミナー ( 12 歳から 18 歳まで ) : 18 E

 *   同上

 **  同上

④ 『 Carte découverte femme 』 カルト・デクベールト・ファム ( 女性のみ ) : 30 E

 *  釣竿 1 本のみ。

 ** 同上

⑤ 『 Carte journalière 』 カルト・ジュルナリエー : 10 E

 * 釣竿 4 本まで。

 ** 一日のみ。

⑥ 『 Carte découverte 』 カルト・デクベールト ( 12 歳以下 ) : 12 E 

 * 釣竿 1 本のみ。

⑦ 『 Carte hebdomadaire 』 カルト・エブドマデール : 30 E

 * 釣竿 4 本まで。

 ** 連続した 7 日間。 

 

私は④の女性のみの物を購入。釣竿は 1 本で十分です。

幼少から釣り好きの彼は勿論②を購入+船釣りが可能になる印紙を 10 E で追加したのでトータルで 100 E。
金額だけ見ると「高い」と思ってしまうかも ( 女性のそれは別、これはお得ですね ) しれませんが、これで年間楽しめると思ったらまあ仕方がないですかね、。ただ年々料金が値上がりするのは納得いきませんが。

 

これらの許可証は Tabac ( タバコ屋 )やスポーツ用品店や釣り道具の置いてある店、 

また最近ではインターネットでも購入できるようになっています。

 


ちなみに許可証無く釣りをしているのが見つかった場合、その時の状況、相手 ( フランスらしい、、、 ) によって金額は変わってくるようですが、高くて450E の罰金を徴収されてしまうようです。


この町にやって来た当初は許可証無しで彼の釣りについて行っていたのですが、ある日 「 ちょっと試しで 」 、と彼の釣竿を持っている所にたまたま監視員がやって来てしまい、、、。
まずいと思って素早く手を竿から離したものの、もちろんプロの彼らがそれを見逃すわけがなく、、、。


「フランスの釣りというのを知らない日本人の彼女にちょっと教えてあげていたんだ。この町にも来たばかりでねぇ。」 ( 彼 )


などと愛想良く話をしたら 「 今回は特別だけれども、気を付けて、、、 」と見逃してくれました。

もちろん毎回この様な手が上手く行くとは限りませんのでやはり違反をしないことが一番です ( なのでそれ以降は許可証を購入しました ) 。

 

ただフランスはやはり 「 人によって対応が違う 国」 というのをまたしても実感。

それで嫌な思いをする事も多々ありますが、それならそれで逆にそれを上手く利用する方法を身に着けていかないといけません!!ね。

0 コメント

2014年

3月

04日

日本はやはり遠い国!?


昨日の雛菓子、折角なので 「日本のお菓子」 という物を味わってもらおうと職場に持って行きました。

すると、
同僚達 : 「何々、中国のお菓子!?」。

 

、、、もう彼是2年近く一緒に働いている人達からの発言。

 

私   : 「中国ではなくて、日本だって。」
同僚達 : 「一緒じゃん、中国も日本も。」
私   : 「一緒じゃないんだけれども。」

同僚達: 「佳代子は中国が嫌いなんだよね、中国と言われるのいつも嫌がるから。」

 

私は中国が嫌いなわけではなく、現に中国人の友達も沢山いますし、語学学校時代一番仲良くしていたのは中国人。
好き、嫌いの問題ではなく、日本人なのだから日本人と言ってもらいたい、日本人、日本の物と主張するのは当たり前の事なのではないでしょうか。

私   : 「あなた達は隣の国だからって例えばベルギー人と呼ばれたらどう思う?」
同僚達 : 「話が別だよ、それは。」
私   :  「・・・。」

個人的な交流の無い人からの発言だったら、遠いアジアの国だし仕方がないと思えるのですが、これだけ一緒に働き、一緒に話をし、私が日本人だという事を承知しているのに、繰り返し出てくる 「中国の・・・中国は・・・」発言には、、、。
 
以前にも
「現地の乳製品に、体に害を与える成分が含まれていると問題になっているので、フランスの技術が、企業が活躍している」という報道を見たけれどもそうなの?」
(私もニュースで見ましたが、これは「中国」の話でした。)
と中国と日本を混同してくる質問を受けました。


やはりこの時も私が訂正した後に、

「中国も日本も一緒じゃないの!?」なんて、、、。


彼らにとってはアジアの遠い国の一部でしかないんですよね。

その後、私があまりにも怒りを (普段は温和な自分だと思うのですが、あまりにも繰り返されるので) あらわにしていたので、これはいけないと思ったのか何とかフォローしようと、また質問してきたのが、、、

同僚 : 「香港って、ものすごく大きいのでしょう。この町よりもちろん大きいのだろうけれども、ナントくらい?」


もう 「香港ではなくて東京なのだけれども」 、、、と訂正する気持ちも起こらず、軽く流しておきました。

 

本当にここの職場ではこういう発言を良く耳にします。

 

「中国も日本も、ラオス (ラオス人の同僚がいるので) だってどこも皆同じようなものだろう。」


そしてこちらの人が良く使う言葉、 chintok が私は大嫌いです。
要は、「中国やそこら辺のアジア人」。
 これはアジア人当人にとってはかなり軽蔑的な言葉に聞こえます。

もちろん全ての人がそういうわけではなく、興味を持って話を聞いてくれたり、しっかりと私や他のアジア諸国の人達ののアイデンティティーをレスペクト(尊重)してくれる人達もたくさんいます。が、多勢はやはり上記の様な人達で。

遠く、広く、世界に目を向け、自分たちのそれとは違った世界があることを知ってもらいたいと思うのですが、、、。

0 コメント

2014年

3月

03日

雛祭り

雛飾り
雛飾り

もちろん皆さんご存知の通り、3月3日は日本では「雛祭りの日」。
この日は女子の健やかな成長を祈る日。
雛人形を飾り、桃の花、雛あられなどを飾って、白酒や寿司などの飲食を楽しむ節句祭でもありますね。

この「雛人形」というもの、江戸時代から、以前の女子の「人形遊び(ひいなあそび)」と節物の「節句の儀式」と結びつき、全国に広まり、飾られるようになったらしいです。

日本の私の家では写真の様な雛壇を毎年飾っていました。
祖母と母と(残念ながら二人とも他界してしまいました)姉二人との飾り付け、それは楽しいものでした。
今は姉が引き継いでくれているようですが ( 姉の一人息子が積極的に飾り付けの手伝いをしてくれているようです、、まあ良いですね、細かい事は ) 、「代々継承される物」「歴史のある物」、、、大事にしたいですよね。

もちろんフランスではその様な行事は無いので、日本から父がこんな可愛い雛飾りを送ってくれました。

昨年末に他界した母の写真の周りに飾らせてもらったので、一足早い春の様な雰囲気をかもしだし、母もきっと少女の様に喜んでくれている事と思っています。

0 コメント

2014年

3月

01日

Tram-Train トラム・トランって?


正確には Tram ではなく、 Tram-Train と書かなければいけませんでした。


Tram-way トラム・ウェイ とTram-Train トラム・トラン の違い?
( 「 way 」と「 train 」から大凡想像できるかもしれませんが、、、。)

 

Tram-way : 路面電車

 道路上に敷設された軌道を用いる路面鉄道を走行する電車。

 都市内及びその近郊と比較的短距離の旅客移動手段。
 時速は 30 ~ 70 ㎞。

Tram-Train 

 路面電車を一般の鉄道(日本でのJRの鉄道路線等に相当)を走行させること。
 郊外の専用軌道から都市部の併用軌道へ、乗り換えのない高い利便性を誇る。
 ( 1990 年代初頭、渋滞緩和と大気汚染軽減などの為、ドイツで初めて実現される。 )
 最高時速は 100 ㎞。

1980 年にナント-シャトーブリアン間の鉄道が廃線になってから 34 年後に実現されたこのTram-Train。
当時の廃線理由は高い利用料金に加え、所要時間が長いという利便性の悪さ、また旅客のニーズが内陸から沿岸へと向かった為。
開設当時からのニーズは旅客より、商業用としてだったらしい。

11 駅、走行距離 64 kmとフランス国内で最長のこのナントとシャトーブリアンを結ぶTram-Train 路線。
18 世紀の古い電車から脱却し 21 世紀の新しい交通手段へ!!と謳うこの Tram-Tranの開通で 11000 人/日 の利用を見込んでいるようです。

地方テレビで 30 分弱ほどの時間をかけて紹介されていたようです。
( 7 分 30 秒、 8 分 50 秒、 20 分 40 秒辺りでシャトーブリアンの駅が映っています。)

0 コメント

2014年

2月

28日

Journées Inaugurales TRAM-TRAIN Châteaubriant-Nantes トラムが町にやって来た!!

祝・第一号トラム、シャトーブリアン駅に到着
祝・第一号トラム、シャトーブリアン駅に到着

 

2001年2月立案、2008年11月事業計画発表、2010年着工。

 

そして2014年2月28日、34年間閉鎖されていたシャトーブリアン-ナント間の鉄道がこのTram (市街電車)により再び開通することになりました。

 


確かに、これまでのシャトーブリアン-ナント間の公共交通機関は

① SNCF (フランス国鉄) Angers 経由 2 時間 54 分 / Rennes 経由 3 時間 07 分
② LILA (県営バス) 急行 1 時間 30 分 / 普通 1 時間 50 分

 

と、距離にして 70 KM  弱のナントまで( 東京-熊谷間程 )は車であれば 1 時間ほどで着いてしまうのにバスでも車の倍、電車に至っては3倍もの時間をかけていました。

 

ナント( 人口 27 万人・フランス第 6 位 )・レンヌ ( 同 20 万人・第 10 位 )・アンジェ( 同 15 万人・17 位 )、これら三都市の丁度中心に位置する町( 12000 人・ 735 位 )なのにもの凄く不便だったのです。

 

それがこの Tram の開通によりシャトーブリアン―ナント間は本数こそ平日に 7 本/日、祝祭日には 2 本/日とまだまだ決して多いとは言えないのですが所要時間が 1 時間 08 分と大幅に短縮されるようになります。

片道 10 E とバスの 2,40 E と比べると少々割高感を感じますが ( それでも SNCF の通常料金 30 E と比べれば安い ) 、学生、会社員などは割引サービスを受けられるので一回当たりの利用料金は 1 E ( 45 回/月 利用の計算 ) と時間・料金ともにお得となるようです。

 

ナントからシャトーブリアンへの、シャトーブリアンからナントへの人の流れもきっと増えてくることでしょう。シャトーブリアン市はこの開通によっての人口増加効果を期待しているようですが。果たして、果たして。

 

 

0 コメント

2014年

5月

18日

Lac de Vioreau ヴィロー湖

 

友人からその彼女へのサプライズ二日目。

 

カートの後は私達の家に招待。

アペリティフ+夕食+お泊り で翌日は彼女も好きな魚釣りに。

シャトーブリアンからナント方面へ南下すること車で30分弱 ( ナントから35km )で Lac de vioreau ヴィロー湖 に到着します。

220 ha ( Lac de vioreau 180 ha、Le Petit vioreau 32 ha ) もあるこの大きな湖はブレストまで続くナント運河につながっているそうです。


豊かな自然に囲まれ、貴重な野鳥の宝庫にもなっているこの湖は一周が9 km程。

 

ジョギングする人、サイクリングする人、そして家族連れで散策する人達を良く見かけます。

 

湖岸に国立ヨット学校もあるのでこんな景色も良く見られます。

 

まだ行ってみたことはありませんがクライミングやアーチェリー、乗馬などを楽しむ場所もあるようです。

こんな物も人気があるようですね。

バランス感覚が難しそう、、、。

 

『 スタンドアップ・パドル・サーフィン 』(  大きなサーフボードの上でオール(パドル)を使い漕ぐ )

1960年代にワイキキで生まれたという事なので歴史は結構あるみたいです。

 

『 長距離を移動する事も可能であり、波や風の無いフラットな海水面でも楽しめる事から、ハワイでは子供から高齢者まで許容範囲の広いマリンスポーツとして注目されている。不安定なボードの上に乗ってバランスを取ることにより、股、太もも、首、ひざ等が鍛えられ、エクササイズ効果がある事も魅力の一つとされている。』 ( Wikipediaより )

そしてもちろんここはフランス、このくらいの規模の湖には必ず Plage 水浴場 があるのを忘れてはいけません。
フランス人、少しでも気温が上がると言い方は悪いですがすぐ脱ぎたがりますから。

そういえばかなり昔ですがリヨン郊外でホームステイをしていた際、そこのマダムが暑くなると水着で家の中を歩き回っていましたっけ。

 

大きな湖なのでこんな風にボートを持っていると色々な場所に自由に行けて便利ですね。

 

湖岸からだ釣糸の届く距離も限られていますし。

ここは Carpe 鯉 の穴場でもあるようです。

但し鯉とは言っても日本でよく見られるようなあんな可愛い物ではありません。

もちろん大小様々あるようですが、、、。彼らは大抵「釣り上げる事」を楽しんでいるだけで、全長、重量を図った後には水に返します。

本来なら明け方や日没間近が一番魚が釣れるのですが、出発が遅かったこともありこの日は収穫なし。

 

ただ、天気にも恵まれ気持ちの良い一日を過ごすことが出来ました。

0 コメント

2014年

5月

17日

Karting " Solokart " à Plessé プレッセの「ソロカート」でカート

昨年に一度、勤務先の催しで行った事のある ( 彼は参加、私はカメラマン ) 家から50分程の所にあるカート場に遊びに行ってきました。

写真がそれですが、ちなみにコースの左上のちょっとしたスペースがペイント場にもなっています。

遊園地などの「ゴーカード」とはまた少し違いますね。

ハンドルと右足のアクセルペダルと左足のブレーキペダルだけで操作が出来るのは一緒ですがやはり一番の違いは速さでしょうか。

 

『 ゴーカートがおおよそ20~30 km / 時 なのに対し、カートは50~90 km / 時 と原チャリと同等のスピードが出ます。
但し、カートの場合は地面からの距離がほとんど無い為に、体感速度が実際のスピードの2~3倍になります。
なので、最初のうちはアクセルを全開にすることすら難しいと思います。
また、例えスピードに慣れたとしても、スピード域によってカートをコントロールするテクニックのレベルも上がっていきます。
ですから、最高速度が90 km / 時 出るカートに乗る為には、一般的なスポーツカート( 最高速度 50km / 時 )で、規定のタイムをクリアしなければいけない等の制限が加えられているところがほとんどです。
遊園地のゴーカートは、気持ちに余裕を持って操作出来ると思います。スピンもよっぽどの事がない限りしないと思います。しかし、スポーツカートやレーシングカートは、ほんの少しのミスが事故や怪我に繋がる恐れが出てきます。
ですから、乗る為にはヘルメットやグローブ、長袖長ズボン等の着用が義務づけられているのです。 』

( 他の方のブログから )

友人が彼女を驚かしたいからと秘密裏に立てた計画に私達ものらせてもらいました。

「ちょっと二人で出かけよう。水着を持ってね」と誘い家を出てきたらしいのですが、GPSも行き先が彼女に悟られてはいけないので自分にしか見えない様に設置したり、私達には声をかけたけれどもペイントボールに出かけてしまったようだと嘘をついたり、、、と。

そんな彼に彼女はまんまと騙されてしまったようで、このサプライズにとても喜んでいました。

上左の写真

Mini-kart 120 cm3 (4,5 cv) 子供用7歳以上~

上右の写真

Kart 270 cm3 4T (9cv) 11歳以上、グループ用 速くて性能抜群

下左の写真
Kart RX250 (燃料噴射式) 4T (22cv) 15歳~ さらに速さと性能を追求する人
下右の写真 
Kart GT MAX (競技用モーター使用) (28.5cv) 15歳~ 十分なパイロット技術のある人
 
で、私たちが乗ったのは2番目のKart 270cm3。
建物の総面積は350㎡。
建物内ではカートに関係する用品(ヘルメットやつなぎ、その他カートの部品等)を販売していたり、バーもあったり。
またある程度のグループで来た時などには映像を見ながらのコースの説明、必要なテクニックなどの小ミーティングをここで行ってくれたりもします。
カートコースの総長は775m。
テラスからはカートコースが見渡せます。
また、希望者には無料でつなぎを貸してくれたりもします。パイロットになった気分になりますね。

私たちが選んだのこのパック。

10 分 × 3 回で 40 €。

たかが10分、されど10分ですね。

結構長いです。緊張しているせいもあるかと思いますが、3回目を終わった時にはすっかり疲れてしまっていました。

 

1回目はお昼すぎだった為かまだあまり人がおらず、私達だけ(5人)で廻ることが出来ました。 

2回目以降は他のグループやクラブに登録している人達が終わるのを待ってから(約20分間のインターバル)の走行。

それでも沢山の人がいたので他のグループとも一緒に走行(最大25名まで)することに。

20名以上はいたでしょうか、5人の時とはまたプレッシャーが違ってきますね。

抜きつ抜かれつ、、、(と言っても私は抜かされてばかりでしたが)のスリリング出てきます。

5人で走行した時には私は断トツの最下位。

彼に3回、他の3人に2回も抜かされてしまいました、、、。

遊園地のゴーカードは経験があるのですが、これは全く初めての経験。元々スピードが出るものはあまり好きな方ではない上、とにかくしっかりと走る事を考えていたし(スピンしたり、コース外に出ない様に、、、など)、皆に迷惑をかけないようにコースの外側をなるべく走るようにしていたので。

というのは言い訳にしか聞こえませんね。

 

それぞれの走行ごとに、順位はもちろん周回数や最高速度、平均速度等を出してくれます。

1周辺り皆55から57秒程で廻っているのに、私は1回目の走行では1分20秒近くかけてしまっていたようです。

これでは何度も追いつかれるのは当たり前ですね。

その後他のグループの走行を見学していた際、断トツで最下位を走っている人の姿を見て、「いくらなんでも私はこんなには遅くはないだろう」と思っていたのですが、結果が張り出されたのを見て、唖然。

私と変わらないタイムだったのです。

他人から見たらあんなに遅く走っていたのか、とかなりショックを受けました。

遊びとはいえ、恥じ?はかきたくないので、2回目以降はコーナリングに気を付けたり、直線ではアクセルをほぼ全開にするように頑張ったり、、、そしてなんとなんとおじさん二人組を周回遅れにする事が出来たのです。

うーん、抜かすのって気持ちが良いですね。

とは言え、相変わらず仲間たちには1~2週差を付けられてしまっていましたが。

 

仲間内で一番早かった人は 54秒 / 周、最高速度 49㎞ / 時、で私はと言うと 1分02秒 / 周 ( それでも大分短縮しましたよね )、最高速度 44㎞ / 時。

 

建物の裏手にはこんな表彰台もあって記念撮影が出来る様になっています。
ご丁寧にフランス国歌 ラ・マルセイエーズ を流せるようにもなっていて。

 

彼らは結局 10 分 × 1 回分 を追加 ( 私は不参加でカメラマン ) 。

4回目終了後には腕も足もガクガクになりもうこれ以上は出来ないという状態にさすがになったようですが。

ペイントボール通の彼ら。

カート場のオーナーにペイントボール用具に関して色々アドバイスしてあげたからか、この最後の一回分 ( × 4人 )を 無料にしてくれました。

ふふふ、ラッキーですね。

日本はどうか分かりませんが、こちらは結構こういう風に話をしたりすると良い思いをする事が結構あるのですよね。

 

という訳で私以外は、10分 × 4回 で 40 € 。つまり 1 € / 分 という計算。

高いと思うか、妥当な金額だと思うかは人それぞれ、価値観にもよるかと思いますが。

もちろん私達もそう何回も出来るような経済状態ではありません。

年に1回くらいであればこのくらい出費してもまあ許されますかね。

0 コメント

2014年

5月

15日

restaurant rapide Quick バーガーチェーン クイック

「 ここ何年も Quick に行っていない。パリに行けば絶対にどこかに Quick があるはず( 彼 )。 」

 

と今回のパリ小旅行、「なんとしても Quick に寄る」というのが何時の間にか目的の一つになってしまっていました。

Quick  ( 英語の 「スピーディー」 から取った名前 ) は1971年にベルギーで開業され ( Schoten  と Waterloo  の2店舗。スーパーマーケットの駐車場に造られたとか。) 、1980年代にフランスに根を下ろしたマクドナルドと対抗するヨーロッパのハンバーガーチェーンの一つ。

写真の様な赤い看板、見たことがある方も多いのではないでしょうか。

2007年以降はフランス資本の会社になっています。

 

開業当時は毎日人の手でフライドポテト用のジャガイモが皮むきされていたとか。

 

フランスの第一号店はエクサンプロバンス はミラボー大通りのそれで、1980年7月19日に営業が開始されています。

そういえばエクスに住んでいた当時何度か Quick を利用することがありましたが、店内の壁にそのような記念のプレートが飾られていた記憶があります。

 

そんな Quick ですが。

 

1983年にルクセンブルクに進出すると同年にはサラダメニューが追加されたり、また Service au volant ( 直訳するとハンドルへのサービス ) つまり 「 ドライブスルー 」  ( フランスでは 「 ドライブ 」 と単に言う事が多いかもしれません ) が開始されました。

 

1997年にフランスから撤退する Burger King の一部を買い取り、1999年にはフランス国内に407店舗を持つまでになりました。

が、 

2001年にレユニオン島に店舗を出すものの、2000年1月にはオランダから撤退、2001年~2004年の間にフランス国内の33店舗、ベルギーの37店舗、その他16店舗、合計86店舗を閉店、また2001年末にはハンガリーから、そして2002年7月にはスロベニアから撤退せざるを得なくなってしまったように経営はそう簡単ではなかったようです。

 

その後時代の流れに沿って、全ての食品に栄養表示を載せる様にしたり、2007年にはじゃがいもに、2009年からはステーキにも塩を使用しないようにするなど、栄養管理の徹底を図るようになりました。

それでも営業不振からアルジェリアやロシア ( モスクワとトゥーラ ) 、スペイン ( バルセロナ )店舗の閉店は避けなれなかったようです。

 

なかなか難しいですね。巨大な敵マクドナルドがやはりいるからでしょうか。

そんな強大なマクドナルドに対抗するためでしょうか。

今日に至るまで Quick のみがハラルミート ( イスラム教の教えに則った認可食品 ) を使用しているとか。

 

2013年8月1日からはさらにラマダン(断食)用の営業時間(それまでの22時~23時閉店を0時~深夜1時に延長)を設けてもいるようです。

 

* 2010年頭、クイックチェーンのうち7店舗がハラル対応に即して豚肉を完全に排除するため、ベーコン入りの「バーガー・ストロング・ベーコン」の取り扱いを終了。ムスリム系顧客はこのクイックの対応を歓迎した。

2010年9月にはハラル対応店舗の数を20店舗以上に増やしている。

そんな20年以上の間ライバル争いをしているベルギー産 Quick とアメリカ産マクドナルドですが。

前者は7か国 ( フランス、ベルギー、ルクセンブルク、レユニオン、ロシア、ニューカレドニア、マルティニック ) で493店舗 ( うち80%がフランス国内 ) 、後者はフランス国内だけで1285店舗とかなりの差がついています。

それでもフランスのバーガーチェーンの26.5%を占める Quick はフランスでは唯一のマクドナルドの対抗馬と言えるでしょうか。

Mega Giant やLong Chicken、King Fishなどハンバーガーの名前からはヨーロッパらしさを感じることは出来ませんが、「他のハンバーガーチェーンと味に違いがある!!」と宣伝しているように Quick はマクドナルドの「甘味と酸味」に対して「塩味と苦味」を追及しているとのこと。

 

私の彼もパンの違いがどうのこうのというより、 Quick のソースが好きと言っています。
確かにそう言われれば Quick の方がソースに力を入れているような気にも。

私はマックより Quick よりロッテリアのテリヤキバーガー ( 今でもあるのでしょうか? )が 一番のお気に入りなのですが、残念ながらこちらでは食べることが出来ません。

 

左が Quick のメニュー例、真ん中がマックのそれ。

右は Quick のドリンクサービスコーナー。

全ての Quick 店舗にあるわけではないようですが、ドリンク付きのメニュー、或いはドリンクを単品で頼むとそれにあったサイズのカップを手渡されるので店内に設置されているマシンに行き自分で給仕します。パリのそれにはありました。

どの飲み物を選んでも自由ですし、何度でもお代り可能。

かと言ってそう何杯も飲む人もいないでしょうし、他のチェーン店と差別化を図り集客を産むには一つの良い案ではないでしょうか。

 

今回の旅行で Quick に2回も(!!)行けて(出発日のパリ近郊で、と帰宅日の高速道路のサービスエリアで)彼も満足していた様でした。

次回はいつになるでしょうか、ね。

0 コメント

2014年

5月

14日

パリ小旅行 3日目(5月10日) Go Park でペイントボール Part 2

さて肝心のペイントボールの料金は以下の通り。

インドアペイントボールパッケージ料金 ( マーカー、ペイント弾、指導員 )

 
1 時間 + 100 発 : 12,90 €  
1 時間 + 300 発 : 22,90 €   
2 時間 + 400 発 : 32,90 €  
2 時間 + 600 発 : 39,90 €  

* ウィークエンドと祝祭日 追加料金 3 € / 人
* 3月29日~6月30日 毎土曜日14時~18時 追加料金 6 € / 人

 

その他

追加ペイントボール弾 6 € / 100 発

オンボードカメラ 25 €

うさぎのコスチューム 19 €

私は 1 時間 100 発 コースで十分かと思ったのですが、結局皆と同じ 1 時間 3 00 発 コースに。

足りなければ後から追加購入することも出来るので初心者の方は100発で十分だと。心臓がドキドキ、息も荒くなってなかなか打つどころではないのが普通かと思いますから。

 

ここではマーカーには既に200発が入っていて、足りなくなったら受け付けでもらったコインで自動販売機から100発入りのボトルを取り出すシステム。

結局私はその100発入りのボトル+もともとマーカーに入っていた弾の3分の1くらいを彼にあげました。

 

何でもかんでも打ちまくるのではなく、かなり狙って打つタイプなので。

日常生活同様節約型ということでしょうか。

ペイントボールプレーヤーの彼はその逆でとにかく(もちろん必要な時にですが)打つタイプ。甥っ子からも弾をもらっていたので500発以上は使ったのではないでしょうか。

こちらも日常生活同様消費型ですかね、ははは。

甥っ子は、しゃがまなくても十分障害物の影に隠れられるその小ささを利用してちょこまか動き回り、大分活躍していました。

県警のお兄さんと、その同僚 はスナイパー型。

その同僚の方は実生活でも要人警護のスナイパーをしているのだそう。

でも実戦とペイントボールでは随分勝手が違うようですね。
二人とも後ろから回り込んで当てちゃいました。

同僚の子供達 ( 14歳の男の子と12歳の女の子 ) も初めての経験だったようです。

女の子の方は後ろに控えて打つのも控えめだったのですが、それでもかなり楽しかったと。

 

 ただ気になるのが、今回に限らず今までも度々耳にする事があったのですが

マーカー ( フランス語では lanceur  ランサーと言う ) の事を arme 「 武器 」 と言ったり、人に弾を当てる事 ( 本来なら toucher トゥシェー 「 触る・当てる 」 と言う )を tuer チュエー 「 殺す 」 と言ったりする人がいる事。 

甥っ子も含めたこの子供達もそうだったのですが、そういう言葉を簡単には使ってはいけないと注意しておきました。

 

映画やドラマ、テレビゲームなどからの影響なのでしょうが、こういう言葉が口から抵抗なく出てくる事を恐ろしく感じます。

だからと言って彼らが実際に tuer する事はないのは分かっていますが、口にする言葉は思想にも繋がっていると思うので大人がしっかりと正してあげることが大事だと思います

 

残念ながら大人にもそういう言葉を軽く使う人は沢山いるのですが、こういった人達がスポーツの一つであるペイントボールを「戦争ごっこ」というイメージにしてしまっているのですよね。

さすがに週末という事もあり、かなりのグループが来ていました。

フィールドが一面しかなく入れ替わり立ち代わりでやっていたという事ももちろんあり、一時間パッケージと言っても実際にペイントボールをしていたのが一時間程、待機している時間は含まれなかったので、結局2時間くらいはペイントボール場にいたことになりますか。

良い汗はかきました。初めての人達も楽しんでいたようで良かったかと。

けれども土曜日の14時~18時までの追加料金もあったので、28,90€ / 人 というのは高いかなというのが私たちの印象でした。

0 コメント

2014年

5月

13日

パリ小旅行 3日目(5月10日) Go Park でペイントボール Part 1

ペイントボールプレーヤーの彼。

パリに行ってもその機会は逃しません。

 

シャルル・ド・ゴール空港近くのお兄さん宅からパリ市内を挟んで正反対側のやはりパリ郊外 ( 市内から25km ) に見つけました、インドアペイントボール場。

 

総合アミューズメントパーク " Go Park " 。

ちなみにインドアだけでもかなり充実した設備なのに、インドアのある Pontoise からさらに北上したパリ市内から35分程の Hénouville という所にアウトドア専用のパークも持っているとのこと。

 

こちらはなんと総面積 8ha 。
その中に趣向をそれぞれ違えた9つのペイントボール用のフィールドがあるそうです ( 最大収容人数400人 ) 。

 

その他にも人間ベビーフットがあったり希望によりスクラッチウォールなどの遊具も用意できるようです。


9つのフィールドなんて、そうそうお目にかかれないので興味津々だったのですが、今回は11歳になる甥っ子がいたので ( アウトドアでのペイントボールは12歳以上から ) インドアの方へ ( こちらは10歳から ) 。

スピードボール用のフィールド ( エアー障害物のある競技用のペイントボール場 ) の他にフットサルが4面、その他にも相撲ゲームや機械ロデオが出来たりもします。

もちろんそれぞれ別料金ですが。

この施設は祝祭日を含めた毎日10時から23時まで営業しています。

バスも頻繁に通っているみたいなので仕事帰りや学校帰りにも気軽に寄れますね。

 

フランス人は Enterrement de vie de célibataire ( 新郎、新婦が独身最後の夜を同性の友人と過ごすパーティーのこと ) の習慣があるのですが、近年では特に新郎側でペイントボールなどをそういった行事に充てることも多くなってきているようです。

 

 

この日もそんな感じの男性陣がペイントボールを楽しんでいました。

写真の様なうさぎを見かけたら大抵は新郎(新婦)になる人だと思って間違えがないでしょう。

恐らく同じカップルだったのではないでしょうか。女性陣は隣で相撲ゲームに興じていました。

 

違った趣味を持つ人達でも一緒に来れるというのがアミューズメントパークの強みでしょうか。

2階が受付とバー。

奥 ( 扉の向こう側 ) のバルコニーで一階ホールが全て見渡せるようになっています。
ここで観覧しながらのピクニックも可能。

ペイントボールを含め施設利用料はそれなりにするのでこういったサービスは(飲食の持ち込み可能)嬉しいですよね。

 

なかなか良くできた施設で参考になりました。

 http://www.gopark.fr/

0 コメント

2014年

5月

12日

パリ小旅行 2日目(5月9日) part 4 パリのカフェ

ナポレオン3世の発案により、1875年に誕生した歌劇場 オペラ・ガルニエ。
パリ中心部の代名詞ともなっていますね。

 

この辺りは日本レストラン、日本(アジア)食料品店、その他日本人向けの商店が多数立地している事でも知られているかと思いますが。

大通りから一歩中に入るとあちらこちらに日本語の看板が掲げられていて、その数の多さに本当にびっくりしてしまいます。

日本語のみでならず、日本の食事、文化の中のみで生活できてしまいそうです。

折角異国にいるのにそういった生活にどっぷり浸かってしまうのは私は残念に思うのですが。

たまに恋しくなって来るくらいが良いかと。

ちなみにシャトーブリアンは以前にも話したかと思いますが日本人は私とレンヌに住んでいてたまに義両親の家に遊びに来るMさんのみなので全く日本語を使う機会はありませんし日本レストランもありません。
最近ではスーパーのアジア食品コーナーも大分充実してきたように思いますが、私の彼もそうアジア料理に興味がある方ではないので、縁遠いですね。

折角なのでこのオペラ座に続く大通りでカフェタイムとする事に。

 

昼食時と同様、どこもテラス席は一杯。

本当に好きなんですよね、フランス人はテラスが。

どんなにわずかな太陽の光でも我先に寄ってくる。

 

ところでフランスでのこのテラス席ですが、どのようにしてできたのでしょうか?

他の方のブログからですが
 
『 当時フランスのカフェは室内が禁煙でした。

煙だらけのイギリスのコーヒーハウスと比べると正反対の方針であるところが面白いですね。

ただタバコを吸う人は今も昔も多かったパリ。

喫煙者のためのスペースとして外側の席が設けられました。

この喫煙者用の席が徐々に発達して現在のテラス席になりました。

現在ではテラス席のほうが人気で、天気のいい日には多くのパリジャンで埋まっているのもパリおなじみの風景といえます。

またフランス人は日焼けをすることが好きなので、日光の当たるテラス席は屋内席と比べて人気です。

バカンスシーズン、時間的・金銭的理由でパリを離れられなかったパリジャンは、せめて公園やカフェのテラスで日光を浴びて「バカンス風」の日焼けをします。

初夏のパリ、カフェのテラスでゆっくり休むことほどパリらしい体験はないかもしれません。 』

 

、、、という事の様です。

この写真はあくまでもイメージですが、私たちの入ったカフェもこんな感じにやはりテラスにはぎっちりと隙間のないほど席が設けられていました。全て道路向きで。

 

恐らく外国人であった店員さんはパリにしては(?)珍しく愛想が良く、頼んでもいないのに水まで一緒に持ってきてくれました。

 

が、店員さんの愛想の良さもこのサービスの良さも何故だったか清算の際に分かりました。

エスプレッソ 2 杯で何と 8 € !!

テラス料金とも書かれていましたが、それにしても3口ほどで終わってしまうコーヒーが 4 € / 杯 とは。

あのリゾート地シャモニーでさえもこんな高額なコーヒーは飲んだことがありません。

もちろん大きなカップに入ったカフェオレは 4 ~ 5 € くらいはしていましたが、エスプレッソはどんなに高くても 2,5 € 程。

コーヒーの原価などたかが知れていますよね。

家賃がきっと高いからのでしょうけれども、これならすぐ近くにあったスターバックスに入った方が良かったかも、、、と思った次第でした(ただテラスが無かったのですよね)。

これだけの料金を取っているのだから店員さんは愛想良くしないわけにはいかないですよね。

可哀想なのは店員さん。この料金だったらチップを置いていく人などほとんどいないでしょう。

 

ちょっと脇道に入った方がきっと感じの良い、リーズナブルなカフェがあるはずです。

皆さん、良く探してみて下さいね。

0 コメント

2014年

5月

11日

パリ小旅行 2日目(5月9日) part 3 Musée du Louvre ルーヴル美術館

当初はヴェルサイユ宮殿見学の予定だったのですが、彼がエジプト関係の遺産や現代美術が見たい ( 彼は抽象画を描くのが好き、、、ただ今回現代美術は展示されていませんでした ) という事で Musée du Louvre ルーヴル美術館に変更。

 このルーブル美術館、休館日の火曜日以外は毎朝9時から18時まで、水曜日と金曜日は21時45分まで開館しています。

ご存知の方も多いとは思いますが、ルーブル美術館には3つの入り口があります。

 ピラミッド中央カルーゼル・ギャラリーそしてパッサージュ・リシュリュー。

人気のあるのはもちろんピラミッド中央入口。

ヴァカンスや連休中は大変込み合うので状況をみて空いている入り口を選ぶのが賢明です。

一度チケットを購入すれば、何回でも出入りできるので(購入済みのチケットを見せるだけ、またチケット購入者とは別の扉から入れる)、ピラミッド入口は後からでも通ることが出来ます。

また真夏にはペットボトルなどを持参してくる方が良いかと。

(入場の際には鞄の中を見せるだけで取り上げられることはないので)

ヴァカンス期間中などは炎天下の中長時間チケット購入の為に待たなければいけなくなることは必須。

その際良く見かけられるのがミネラルウオーターのペットボトルを個人的に販売する人たち。差別ではありませんが、やはり黒人やアラブ系、そしてロマの人達がほとんどかと。

衛生上の問題もあったりしますし(賞味期限切れの物や、警察に見つからない様に下水道などに隠していたり、、、など)ぼったくりもぼったくりの金額なのでなるべく避けた方が良いかと思います。

Diane de Versailles ヴェルサイユのディアナが迎えてくれた先にはAphrodite Vénus de Milo アフロディーテ「ミロのヴィーナス」が待っていました。

 

その先の古代エジプト美術も見ごたえがありました。

この時代の事、もっと勉強していれば良かったなと思うくらいのコレクションの数々。

 

イタリア、スペインそしてフランス絵画と見て回りましたが、私の彼が一番感銘を受けていたのがウジェーヌ・ドラクロワの Le 28 Juillet Lq liberté guidant le peuple 「 民衆を導く自由の女神 」。やはりフランス人ですね。彼曰く、これ程大きな絵画だとは思わなかったと。圧倒されていました。

 

折角なので有名どころは見ておこうかとモナリザの前まで行ったのですが、やはりすごい人だかりで近寄ることが出来ませんでした。
と言っても元々柵に覆われてしまっていてかなりの遠距離でしか見ることが出来なくなってしまっているのですけれども。

以前両親と行った際にはガラス張りのケースに入っていたものの、すぐ目の前で見ることが出来ていたので本当に残念です。

これでは本当に絵画を味わう事は出来ないかと思うのですが、、、。

それにしても何故この絵だけこれだけ人気があるのでしょうかね。

 

 

ルーヴル美術館 ( ナポレオン・ホールでの企画展を除く ) とウジェーヌ・ドラクロワ美術館のチケットは13€ ( 全ての企画展にもアクセスできる共通券は16€ ) で当日限り有効。

夜間チケットも同様の13€。

 

当日であれば何度でも入退場可能。

一度入ってしまったら美術館内の飲食店を利用するしかないという事がないのは良いですよね。

朝から入場し昼に外で食事も兼ねた一時休憩。

その間にすぐ近くにあるノートルダム寺院を見学しに行ったりするのも良いでしょうし。
昼の休憩の間に見学の順路等の計画を立てて直してから午後に再び入場する、、、そんな風にしてこの広大な美術館を一日ゆっくり使って見て回れるのは嬉しいですね。
( 残念ながら団体観光客の方はこの例ではないでしょうが )

 

また以下の方は無料で閲覧できるそうです。

- 18才未満の方

  • - 失業者、RMI受給者(6ヶ月以内に発行された証明書の提示が必要となります。)
  • - 美術美学史、デザイン、造形美術の現役教員の方(指導教科を明記した証明書の提示が必要となります。)
  • - 芸術家会館(Maison des Artistes)とAIAP国際造形作家協会メンバーの造形美術家
  • - EU圏とノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタイン公国に居住する18才から25才までのすべての国籍の青少年

 

そして10月から3月までの毎月第1日曜日は無料で開放されているそうですし、毎週金曜日の18時以降の夜間開館では26才未満の方は無料となるそうです。

事前にやはり色々調べることは大事ですね。

大金を持て余している、、、という人は別でしょうが。一般庶民の私たちにとっては少しでも節約することは大事かと。

ルーヴル美術館の公式サイトに行けば事前に自分の好みにあった見学ルートを探し出してくれるみたいなので時間の節約にもなりますよ。

本当に大きな美術館なのできちんと目指すものを知っていった方が良いかとも。

あまり時間が無く来てしまったのが残念。

ナポレオン三世が居住していた間とかも見に行きたかったのですが。

 

時間のある方はぜひ一日かけるつもりで行って見て下さい。

0 コメント

2014年

5月

10日

パリ小旅行 2日目 ( 5月9日 ) Part 2

丁度お昼近くに市内に着いたので、取り敢えずレストラン探し。
ルーブル美術館を見学する予定で地下鉄 Palais Royal パレ・ロワイヤル 駅で降りたのですが、そう遠くもないので quartier latin  カルティエ・ラタンの方まで歩いて行ってみることに。
リーズナブルながら小粋なお店があるかと思い。

 

シャトーブリアンと違い、あまりの数のレストランに選ぶのが逆に大変でした。

こういう時はネットを活用して下調べをしてきた方が良いですね。時間の節約にもなるし、アドバイザーの意見は外れることはないでしょうから。

 

外見からはこれといって気に入ったお店は無く、さすがにかなりお腹が空いてきたので丁度テラスの席が空いていたブルゴーニュ地方料理を扱うレストランに入りました。

フランス人は本当にテラスが好きですよね。

こんなに車道の直ぐ近くなのに店内はほとんど人がおらず、テラス席は私たちが座ったのが最後の一席。

屋内で喫煙できなくなったというのも影響しているかとは思いますが。

左が私が注文した茹でたジャガイモ付きのリヨン風ソーセージ。

右が彼が注文した牛肉のタルタルステーキ。

 

どちらもメインメニューから。
メインメニューにはこれら以外にも後2、3品あったのですが、いずれも 15€/品 程。

 

今時15€も出せばそれなりに良い物、或はボリュームもある物が食べれるのですが。

それにしてはボリュームアップを狙っての付け合わせのグリーンサラダばかりが目立ち、、、。

ジャガイモは大分水に浸かってしまっていたような色に味。
ソーセージのスライスも数えるほどしかなく、切り口、そしてその淡白な味からして冷凍物を茹でたのではないかと。

 

彼のタルタルステーキにしても冷凍物ではないかと思われる程新鮮さのない味だったよう。

 

オーダーして5分以内で出てくるくらいなので、きちんと「料理された物」ではなかったのでしょう。

まあこの近くのレストラン、近くを通りながら食事中の方々のお皿の中を拝見させてもらっていたのですが、同じ様に「観光客目当て」の物が多かったですね。

 

先程も言ったように次回は事前にしっかりと勉強し、評判の良いレストランを選ぶようにしようと思います。同じお金を払うのだったら美味しい物が食べたいですものね。

0 コメント

2014年

5月

09日

ロマとは

パリ観光記の前にロマに関してもう一度まとめてみました

Roma ロマ : 

 ジプシー ( 現在は差別用語となっている ) と呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族であり、移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。( wikipedia より以下同様 )

 

 

1971年の第1回世界ロマ会議以降は、多くの集団の自称である Roma を呼称とすることが提唱され、EU はじめ各国の行政などもこの名称を採用しているが、フランスではTsigane チガーヌと呼ばれることも多々ある。


欧州に暮らすロマの人口は推定1000万~1200万人。

ルーマニア185万人、ブルガリア75万人、スペイン72万5000人、ハンガリー70万人、スロバキア49万人、フランス40万人、ギリシャ26万5000人、チェコ22万5000人、イタリア14万人など。

 

フランスにはRoma の中にさらに大別して「マヌーシュ」「ジタン」「ロム」と呼ばれる三つの主なグループが存在します。

 

Roms  ロム :

ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、スロバキア、セルビア、ハンガリー出身のロマでヨーロッパ内のそれの85%を占める。
第2次世界大戦後の翌日から、そして1970年代、1990年代に彼らのフランスへの移住の波が記録されている。

 

Sintés シンティ ( フランスではManouches マヌーシュと呼ばれる ) :

15世紀頃からドイツ語圏やイタリア、フランスに定住したロマと同根のロマニ系の集団。

ヨーロッパ内のロマの15%を占める。

 

Gitans ジタン :

スペイン、ポルトガルやフランス南部に定住するロマ。

ヨーロッパ内のロマの10%を占める。

 

また良く 「 gens du voyage  ジャン・ド・ヴォワヤージュ 」 ( 旅する人々 ) という言葉も耳にしますが、これは1969年3月に法で定められた行政用の言葉で定義はフランス国内を年6か月以上住所不定で移動しながら生活する人々の事。
ロマ全体でその数は40万人に上り、さらにその大半がフランス国民であるという事。

 

フランスではロマの子供たちに教育を進めているようですが、残念ながら親達が拒んでいるのが現状らしく。

子供たちは大切な稼ぎ頭なので勉強など必要ないという事なのでしょうか。

 

2007年には15歳のロマの女の子がスーパーの前で赤ん坊を売っていたというニュースもあったようです。

 

テレビでよく見るのはロマの少女達が集団でメトロ内でスリを働いている映像。

観光客の周りに数人が群がって来て、観光客がそのうちの一人に気を取られている間に他の者がポケットの中に手を忍ばせる、、、。

また最近では銀行のキャッシュディスペンサーでお金を引き出そうとしている人に後ろから何人かで近づいて、やはり一人に気を取られている間に他の物が引き出されたお金を盗む、、、という手口も多くなっているようです。

 

メトロ入り口や商店の前などで赤ん坊を連れながら物乞いをしている人。その大半ははやはりロマ。

 

ここ数年、私の町の周りでも空き巣が頻繁に行われるようになってしまっています ( 彼の両親の家もやられてしまいました ) 。

彼らの狙いは金製の物。金の市場価格が高騰している為。
空き巣、、、と言っても中には住人が家にいる中での犯行もあるようでその手口は巧妙。

そしてやはりこれらも大半はロマの犯行であると。

共存出来れば勿論良いのですが、こういった現状を見てしまうとフランス人の彼らの対する嫌悪感も分からないでもありません。

 

以下、フランス大使館のページにもやはりロマの問題が書かれています。

 

http://www.ambafrance-jp.org/article4087

0 コメント

2014年

5月

09日

パリ小旅行 2日目

パリと言えばやはりこういった風景でしょうか。
 義兄 ( 私より年下ですが ) は仕事だったので彼と二人でパリ観光をしてきました。

昨日は曇り時々雨という天気だったのですが、今日は晴れ間も見える暖かな一日となりました。

パリ市内に入るのは何年振りになるでしょうか。もしかしたらゆうに10年以上経っているかもしれません。
当時よりもさらに治安が悪化しているパリ。

義兄家族から前日に以下の様な注意を受けました。

まあ今まで基本的にやっていた事なのでそう身構える事はありませんでしたけれども。


* 観光客に見えない様に振る舞う

 ・ 特に駅構内で、事前にある程度乗降駅等の情報を頭に入れあまり路線地図などを見ないようにする。

* 電車内で出入り口付近には立たないようにする

 ・ ドアが閉まる寸前に物を盗まれ、そのまま逃げられてしまう危険性が高い為

* 鞄は肩から斜め掛けにするようにする

 ・ 通り過ぎがてらにひったくられる危険性が高い為

* 最新の携帯電話などは出来るだけ人前で利用しないようにする

また、RER ( パリ高速鉄道 ) に乗ったら進行方向の右側に座るようにして外を見てみると良いよ、と甥っ子に言われたのですが。
何でもパリ ( に限らずフランス全体)の今の問題が良く見て取れるとの事。

なるほど、暫くすると路線沿いに写真の様な光景が続くのが目に入ってきました。

 

これはロマと呼ばれる人たちのキャンプ施設。
ロマとは昔から放浪、移動生活を習慣としている人々の事。

ジプシーという呼び名が日本では馴染みがあるかと思いますが、それが差別用語となった今ではロマと呼ばれるようになっています。

 

このようなキャンプがフランス国内には300以上あるそうです。

EUが域内の人の移動を認めているので以前は特に東欧諸国に留まっていたロマ人達が次々に豊かさの期待できる西の地にやって来るようになっているのです。

 

* シェンゲン域内(ヨーロッパの国家間で国境検査なしで移動できる区域)の移動の自由をEUが承認

 

それでも法の定める3ヵ月以内に職に就けなかった者は「不法滞在者」とみなし、先のサルコジ政権ではキャンプの強制撤去や現金の移住費用を与えて「自主送還」という形で国外退去させる等の政策を取っていました。

 

 

 * 「帰国援助費」 : 自主的に帰国する人々に飛行機のチケット代+大人は300ユーロ、子供は100ユーロを支払うという帰国奨励策。

 

放浪するロマ人はえてして「犯罪者の温床」とみなされています。
その歴史は長く、ルイ14世時代にもロマ人男性はガレー船送りに、女性と子供は髪を剃って救済院に強制収容されていたようですし、第二次世界大戦中には、ナチスによって、ユダヤ人と共に強制収容所に送られ、劣等民族として断種手術を施されたこともあったそうです。

 

『 定職につくことが出来ず、国境を越えて流浪の旅を繰り返すロマ人たちは、少しでも豊かさの期待できる地へやってくる。しかし、彼らがつける職はなく、定住の地も与えられない。結局、不況などを契機に社会的軋轢が高まると、出身国への強制送還措置などが実施されてきた。人口比でロマ人が多いルーマニアやブルガリアなどに追い戻される。しかし、そこにも永住の地はない。定住の地が保証されないために、教育を受ける機会も十分ではない。安定した職業に就く者も少なく、現代の産業が要求するような熟練も身につかない。建築現場での下働き、鍋釜の修理、刃物研ぎなどの簡単な仕事だ。それもしばしば歓迎されない。結局、彼らはこれまでのように放浪の旅を続けることになる。何ら進歩のない同じことの繰り返しが続いてきた。 』 ( 某ブログより )

こういった事情を考えると彼らに同情もしてしまいますが。

難しいですよね。

ロマ人の全てが悪いわけではないのはフランス人誰でも承知しているのでしょうが、

実際にパリにおける窃盗犯罪の5人に1人、さらに子供の窃盗犯の4人に1人はロマであるという統計などが出されてしまうと(2010年8月)そういった目で見ざるを得ないのかもしれません。

さらに自らも不況の波にもまれているというのに、彼らの生活保護の為、或は先にも述べた「帰国援助費」(家族に会う為などにこれを利用し、しばらくしてから再びフランスにやって来る人たちも少なくないとか)などの為に自分達の税金が使われているという事実に不快感を示す人が多いのは分からないでもありません。

 

しかし駅構内、電車内に出没するロマ人少女の窃盗グループは今では当たり前の話になってしまっていますし、赤ん坊を連れた女性の物乞いなども都市では珍しくありません。

 

少年少女達によるこの様な窃盗などの軽犯罪はその場での注意しか出来なかったりするので、大抵は裏で彼らを操っている大人がいるのですよね。

 

上記の某ブログ抜粋にもあるようになかな解決しがたい問題です。

と、そんな事を考えているうちにパリ市内に電車が到着しました。

さてパリ観光といきましょうか。

0 コメント

2014年

5月

08日

ロングウィークエンド 第2弾 パリ小旅行

というわけで木曜日の今日は祝日。

金曜日を挟んでの飛び石連休 ( 休日が平日を挟んで並ぶこと  ) ですが、有難いことに私の勤める工場は5月1日(木)の時と同様、金曜日も工場自体を休みにしてくれるので木~日曜日までのロングウィークエンドとなります。

 

このように休日と休日の間の平日も休みにする事をこちらでは 「 faire le pont フェール ル ポン ( 直訳 : 橋を架ける ) 」 と言います。

 

今月はまだこれだけでは終わりません。

5月28日(またしても木曜日!!)は Ascension アッサンシオンと言ってキリスト昇天祭の為祝日 。

ここでも私の工場は faire le pont をしてくれるので3度目の4連休が待っています。

 

ただその欠けてしまった日数分を労働日で補うためこの5月からヴァカンスで工場が一時的に閉鎖される7月中旬まで30分/日余計に働かなければいけないのですが。

7時間/日労働が7時間半になるだけなので大したことは無いと言えばそうなのでしょうが、朝番の私は5時40分開始の所が5時10分に。

朝の30分の違いはきついですよね。

まあこれだけお休みがもらえるのですから文句を言ってはいけないのでしょうけれども。

サービス業に勤めていたシャモニー時代にはこういった祝日は稼ぎ時、とてもとてもお休みがもらえる事なんてありませんでしたしね。

今まではこういった連休があっても主に経済的な理由から遠出をする事はほとんど無かったのですが、母の事があった後には「今出来ることはなるべくやる」ようにしなければいけないかと思うようになり、、、。

という訳でこの連休は、彼の兄夫婦が住むパリに行ってきました。

弟夫婦同様、この2月に新たに男の子が生れていたのにまだ会ったことがないのでこれも良い機会かと。

連休で高速道路は混んでいるのではないかと心配していたのですが、この時期は逆方面、つまり海岸線を目指して行く車の方が多く、こちらは渋滞もなく4時間強程(予定時間通り)ですんなり目的地に着く事が出来ました。

 

すんなり、、、と言ってももちろんパリの幹線道路内はやはりかなり緊張しました ( 日本の都内同様あちらこちらから車が入ってくる!! )が。平日よりも車が少なかったので助かりました。田舎者はやはり都会の道には慣れていませんからね。

兄夫婦の家はパリから25km程郊外に行った Louvres ルーブル(美術館と同じですが、これは町の名前です)にあります。

彼の兄が県警としてパリ・シャルル・ド・ゴール空港に勤務しているのでそこからすぐ3kmにある町。

彼らの本来の家はボルドーの近く。ただ仕事がら移動が多いのでここの家は県警 ( =国 )が借り上げてくれています。

パリ近郊の2階建て(地下一階)、プール付きの庭のある家。恐らく家賃は2000€/月近くするのではないでしょうか。それを払わなくて良いというのは羨ましいですよね。

0 コメント

2014年

5月

07日

5月8日は何の日?

5月8日は「 ヨーロッパ戦勝記念 日 ( 1945年 ) 」。
第2次世界大戦において連合軍がドイツを降伏させたとして、ヨーロッパにおける勝利を記念する日。
VEデ ( 英:Victory in Europe Day ) とも呼ばれるようです。

 

さて、その他の国ではこの日はどんな日になっているかというと、、、。

( 以下 D-wavより )


① 「母の日」 : 日頃の母の苦労を労り、母の恩に感謝する日。
1907年、アメリカ・ウェストバージニア州の教師だったアンナ・ジャービスが、母親の3回忌にあたる5月8日に、友人たちに「母の日」を作って祝うことを提案した。
翌1908年の5月10日、彼女が勤めていた学校に470人の生徒と母親達が集まり、最初の「母の日」を祝った。彼女は参加者全員に、彼女の母親が好きだった赤いカーネーションを手渡した。このことから、赤いカーネーションが母の日のシンボルとなった。

そして1914年に、「母の日」はアメリカの祝日になり、現在のように5月の第2日曜日と定められたとのこと。
日本では1949年ごろからアメリカの例に倣ってやはり5月の第2日曜日に行われるようになったそうです ( フランスは5月の第4日曜日 ) 。

② 「世界赤十字デー」

1948年にストックホルムで開催された赤十字社連盟理事会で決定。赤十字の創設者アンリ・デュナンの誕生日から。


③ 「松の日」

日本の松を守る会が1989年に制定。

日本の代表的な樹木の松をいつまでも大切に保護して行くことを目的としている。

 

④ 「ゴーヤーの日」
1997年に制定。

「ゴー(5)ヤー(8)」の語呂合せと、5月からゴーヤーの出荷が増えることから。

 

その国々で歴史に対する認識が違いますからね。

こちらでは5月8日はそういう訳で祝日をなっており、町々で戦勝を記念してセレモニーが行われます。

0 コメント

2014年

5月

04日

3ème jour du camping キャンプ3日目 ( 5月3日 )

キャンプ最終日。

心配されていた天気も終始曇りがちで真っ青な空というのは残念ながら見ることが出来なかったのですが、一日目の夜に少し雨が降っただけですんで良かったです。
雨が降る中でのテント生活、というのはそう楽しいものでもないでしょうから。

最終日にサーフィンをしたのは友人のみ。
まあ彼はその為だけにここに来ていますから。
私たちはその横でピックニック。
風が強いので寒さが倍に感じられ、まるで冬の様な格好でいなければいけなかったのが残念。

この大西洋岸一帯は今年に入ってから幾度もかつてないほどの大嵐に見舞われ、河川沿いの町や村では洪水が頻繁に起ったり、荒波により破損、破壊させられた沿岸の建物も少なくありませんでした。
ここの所ようやく落ち着いてきていますが、その爪痕ははっきりと残っているようです。

以前はこの棒の所までが砂丘であったようです。
随分後退してしまっていますよね。

昨年やはりここにサーフィンをしに来た彼と友人もその海岸線の変わりように驚いていました。

そのダイナミックな景観を一目見ようと、カメラに収めようと近づいて高波にさらわれてしまった、、、という話も良く聞きました。
自然の強さにはやはりかないません。
皆さん甘い考えは禁物です、十分に気を付けて下さい。

ところで、この最終日もまた彼女が下の子供をプールに連れて行っている間に色々な片づけをしたのは私達。
上の子はただ見ているだけ。
皆で分担しよう!!と自分達で言っていた割には、結局食器洗いをしたのは私達だけ。
まあ大した事でないといえばそうなのですが、少しばかり残念に思いました。


休養になるどころか、逆に疲れてしまった感があったロングウィークエンド。
サーフィンを経験できたのは良かったです。

0 コメント

2014年

5月

03日

2ème jour du camping キャンプ2日目 ( 5月2日 )

果たして2日目はどんな日になるか。

ちなみにこれが私達のテント。両サイドに2~3人ゆうに寝る事が出来ます。
子供たちは別の小テントで寝ました。

午前中、男性陣はサーフィンへ。
この日は私の彼も午前、午後とサーフィンが出来たのでまあまあ満足。
私たちは子供たちが起床し、準備をするのを待ってから昨日変えなかったランプを探しに隣町まで。骨董屋で掘り出し物があるかもと思ったのですが、本当に年代物のそれも値の張るものしかなかったので、大型スーパーへ。

祝日明けの金曜日、この後週末も控えているとあって中は大混雑。
時間があれば近くにある港や、灯台を見に行っても良いかもと彼女は当初言っていたのですが、スタートが遅かったので、その後は昼食を取るためにキャンプ場へ戻ることに。子供たちは見学よりスーパーで買ってもらったアイスクリームで満足していたようです。

折角なかなか機会のなかった海に来れたというのに、これまでやった事はお店 、しかもスーパー  巡りのみ。
自分で運転出来たら色々な史跡を見て回れるのにとやはり友人達主導の行動に不満が積もる一方。

が、午後には人生初めてのサーフィンを体験することが出来ました。

砂浜で2回ほど ( もっとやった方が良いのでしょうけれども ) 、ボードにうつ伏せで寝転がった状態から「パンと手を叩いたらすぐに立つ」練習をしてから海の中へ。
海水が冷たい時にはウェアの中に小便をする良い、、、というアドバイス、最初は冗談かと思ったのですが本当の様です。海水よりも温かい小便がウェアの中で体を温めてくれるとの事。
私は必死に水をかいていたおかげて全く寒さを感じず、このアドバイスには従わずにすみました。

さてさて、初めてのサーフィンの結果はこんな感じです。
これだと思った波が近づいてきたら一生懸命腕をかき、波と同じ速さになったところで立つ、、、と教わったのですが難しいですね。
腕力、脚力がやはり必要でしょう。上体を上げることは出来てもそれ以上は結局出来ませんでした。
必死なので1時間程しかやらなかったのですがかなり疲れました。

サーフィン2回目の彼は波には乗れませんでしたが、2回ほど立つことが出来たようです。

ちなみにキャンピング場での生活ですが。
アペリティフや夕食の準備はまたしても私達がやる事に。子供たちといえば、手伝いをする気持ちは全く無し、関心はやはり携帯電話やパソコン。

0 コメント

2014年

5月

02日

1re jour du camping キャンプ1日目 ( 5月1日 )

到着日に早速トルシュ岬まで行ってきました。

男性陣はサーフィンに、女性陣は海岸散策に。
しかし岬のパーキング場に着いた途端友人は波の確認をしに海岸に一目散に飛んで行ってしまい、女性陣を待っていた為にその姿を見失ってしまった私の彼は仕方なく私達と行動を共にする事に。
1時間以上探し回ってようやく見つけた時には友人は既に気持ちよくサーフィンをしを得た後。
結局この日は彼はサーフィンが出来ず仕舞い。友人の行方が分からなかったので、ゆっくりと散策している気分でも無かったですし。

私の彼、ここは何とか怒りを抑えていたようですが、、、。
その後キャンプ場に帰ってから彼らが持ってくるはずであったテント用のランプ ( 夜はさすがに暗くなるので必需品 ) 、そしてたばこが切れた友人の為に ( 自分愛用の銘柄ないと嫌な様で ) それらを探し回らなければいけなくなり車であちらこちら引きずり回されてしまった後には ( さらに祝日なのでどこも開いておらず結局見つけられず仕舞い ) かなり気分が悪くなってしまった様です。

私の方も彼女と彼女の子供たちと行動を共にしていたのですが ( 男性陣は友人の車を、女性陣は私達の車を利用 ) 車の中でも子供たちは ( 10歳と14歳の女の子 ) 携帯電話やゲームにあけくれ、折角の旅だというのに全く外の景色には目も触れず。今どきの子供なのでしょうけれども、何とも残念ですよね。

キャンプ場に到着後も手伝いをするわけでもなくすぐに携帯電話やパソコンにかかりっきり。
海岸から戻ってきた後には下の子供がプールに行きたいというので足の無い私( マニュアル車が運転できないので運転手の彼女と行動を共にせざるを得ない ) も同行することに。途中で寒いからと水から上がってしまった彼女の代わりに、子供の相手をする羽目になった時には私もゆっくりしたいのですけれども、、、という気持ちがふつふつと。

一日目にして友人達に振り回され、何の為に来ているのだろうという疑問が湧いてきてしまったのですが。2日目以降はどうなる事か。

ちなみに、このトルシュ岬友人探しに気が気ではなくあまりゆっくりと散策できなかったのが残念ですが。

半島の両側に海岸が伸びる形になっています。半島の右側 ( 陸から見て ) は砂浜海岸。左側は若干岩が多め。
この日は連日の雨の影響もあってか水は濁っていましたが、普段は写真の様に ( 昨年の物 )かなりきれいな青い色をしています。

ちなみにブルターニュ独特の荒涼感があるとされていますが、私はそれを言うならば Pointe du raz ラ岬のかな、と。
吹きさらしの風の中を進んでいくと半島の先に激しい波に打たれる二つの灯台が目に入ってきます。迫力満点ですよ。

0 コメント

2014年

5月

02日

Le camping à la Torche ラ・トルシュでキャンピング


サーフィン好きの友人に誘われてその彼女、彼女の2人の子供達と一緒にメーデーの連休を利用して2泊3日でキャンピングをしてきました。

ブルターニュ地方はフィニステール県にある La Torche ラ・トルシュ という所。

シャトーブリアンから300㎞程、Quimper の町を通り過ぎてからさらに西に進んでいった所にあり所要時間は国道を使い3時間半程。国道とはいえこちらは時速制限が110㎞/時なので、日本で言ったら高速並に早いのに高速料金がかからずに済むのが良いですね。

1965年に国立自然公園に登録された La pointe de la Torche トルシュ岬。
ブルターニュ地方独特の荒涼とした風景(個人的には La pointe de Raz ラ岬の方がさらにその上を行っているかと思いますが。)に加え、波のパワフルなブレイクが楽しめるとあって海水温も十分に上がってくる4月以降は大勢のサーファー、カイトサーファーで賑わっているそうです。

柔らかな砂浜が続いているので近年では写真の様な le char à voile ル シャー ア ヴォワル ( ランドセーリング)を楽しむ人たちも頻繁に見られるようになってきているようです。
乗馬を楽しんでいる人たちもいましたよ。

 

私たちの利用した Campinge de la Troche トルシュキャンピング場はそのトルシュ海岸から1300m程の所にあります( ここ一帯のキャンピング場の中で一番海岸に近い )。

4ヘクターの敷地内にはテント用の敷地以外にも宿泊施設としてモビルホーム ( トレーラーハウス )、キャラバン などが設置されているほか、トランポリンやバレーボール、サッカーに卓球、ペタンクなどの遊技場があったり、レンタサイクルなども利用することが出来ます。
昨年までは屋外だったプール( 友人談 ) も屋根付きに改修されたようです。
到着日に早速試してみたのですが、室温に比べ水温はかなり低めで水に入るのに少しばかり勇気が必要でした。温水プール、、、というより天然光+室温で水を温めているだけの様でしたので、まだ5月初め、仕方がないですね。

 

友人が持ってきてくれた最大6人用の大きなテントを張って私にとっては初めてのキャンプ生活の始まり。
慣れている彼らが食器や洗剤、コンロに鍋など全て持ってきてくれました。
シャワーもトイレもフランス学生時代に過ごした寮の用に、男女共同。日本はどうだか知りませんが、こちらはトイレットペーパーも持参しなければいけません。
 
当日の食事は事前に用意した物。
昼は彼らの持ってきたパスタやライスのサラダを、夜には私たちが持ってきたチキンの丸焼きをテント内に設置したテーブルで食べました。

5月初めで朝晩はまだ肌寒い事もあってか155組収容可能の所、私達を含めても20組もいなかったでしょうか。
それなので隣人たちの騒音に悩まされる事無く、また寒さ対策に掛け布団も車に積んできたので、快適に眠る事が出来ました。
 
ただやはりテントの組み立て、寝床等の設置には1時間ほどかかってしまう上、天候の心配もしなくてはいけないので次回はモビルホームを利用しようかと。

時間の節約になる上、持ってくる荷物も少なくなるので車への負担も減、また人数で割ればレンタル料金もそう高いとは言えないので。シャワーやトイレ、キッチンが付いているのも、特に混雑してくる季節には便利でしょうし。

ちなみに以下はトルシュキャンピング場の料金例。
 

① テント用敷地+大人2名+乗用車一台 共同トイレ、シャワー 

  ローシーズン : 15 € / 泊  ハイシーズン : 22 € / 泊

② モビルホーム

A:6人用 ( 屋根付きテラス34㎡+3部屋 ) シャワー、トイレ、キッチン付

  ローシーズン 155 € / 2泊
 * ハイシーズンは週貸のみ 550 ~ 680 € / 週

B:2~4人用 ( 2部屋トータル16㎡ ) 共同トイレ、シャワー

  ローシーズン 80 € / 2泊
C:4人用 ( 2部屋トータル25㎡ ) シャワー、トイレ、キッチン付
  ローシーズン 110 € / 2泊                        
 

0 コメント

2014年

5月

01日

Fête du Travail メーデー

またまたずるをして以下は2010年のブログから。

 

5月1日は「労働の祝日(メーデー)」。

第2次世界大戦下ドイツの占領下にあった政府が労働者の人気を呼ぼうと定め、その後1947年の解放後も政府はこれを引き継ぎ、有給の休日としたそう。

 

と言う訳で、フランスではこの日に働いた人は2倍の給料がもらえる大変有り難い日です。

 

一日働いて、二日分の給料、それは嬉しいでしょう!!


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! ところで、この日に町中を歩くと至る所で数本を束にしたすずらんが売られているのを目にします。

 

今年の相場は 1 ~ 2 本の束で 2 €、根の付いた 4 ~ 5 本束になったもので5 € といったところ。

5月1日には、日ごろお世話になっている人、愛する人、、、にすずらんを贈る習慣があり、貰った人には幸運が訪れるとされています。

 

この習慣が出来たのはルネッサンス期にさかのぼるそう。

 

幸運をもたらす花としてすずらんの束を贈られたシャルル9世 ( 16世紀 ) が大変喜んで宮廷の婦人達に自らも毎年贈る様になった事からと。

 

すずらんは春の訪れを代表する花でもあります。

 

そのすずらんが「労働の日」に結び付けられるようになったのは20世紀に入ってから。

 

「8時間の労働、8時間の睡眠、8時間の余暇」の要求のシンボルとされていた赤い三角形マークが野バラに置き換えられ、そしてその後1900年代に入ると赤のリボンで結ばれたすずらんに代わったそうです。
フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!

 

と言う訳で、町のあちらこちらでその辺で採って来たと思われるすずらんから、それでもきれいに包装されているもの、どこかの卸し(温暖な土壌のナント地方がその産地として良く知られています。年間生産高の 85 %がナント産。)に頼んで郵送してもらったもの、、、であろうすずらん達が売られています。

 

街頭販売は普段はもちろん許可を取らなければいけないのですが、この日は誰でも気軽に売る事が出来ます。子供たちがお小遣い稼ぎに、どこかのクラブがその資金集めの為に売っていたりと様々。

 

私ももちろん買わせて貰いました。

 

う~ん、幸せがやって来ると良いなぁ。


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! ちなみにこれは私の勤務するサロン・ド・テで売っていた物。下がチョコレートです。

読み返してみると懐かしいですね。

そしてこれが2014年度のすずらん。
彼が両親の家に咲いているのを摘んできてくれました。

他の町々でも見られていた光景かとは思いますが、もちろんこの町でも朝から子供たちが至る所で籠一杯のすずらんを抱えて人が通るのを待っていました。
パン屋の前は狙い目ですね。朝一番でパン屋に行くフランス人は多い上、お釣りを手に出てくる事がほとんどなので。
相場は変わらず一束2€でした。

0 コメント

2014年

4月

27日

Training Paintball ペイントボール トレーニング

雨という天気予報だったので最後の最後まで迷ったのですが、結局気分転換も含めてペイントボールのトレーニングに行ってきました。

といってもやったのは私の彼で、私はいつもの様に観戦兼写真係りですけれども。

シャトーブリアンから車で1時間15分程の所にある Iffendic  イッフェンディックという町(村)のペイントボール場。
ここにはスピードボール用(競技用)フィールドが一つ、タイヤの障害物のあるそれが一つ、雑木林に囲まれたそれが二つと、それぞれの目的に合わせてフィールドを選択する事ができます。

以前はボランティアが運営を行っていたのですが、今はレンヌの一チームが町から土地を借りる形でそれを引き継いでいます。

それなので競技用のフィールドも以前と比べると整備され、季節ごとに催し物が行われたり、公開トレーニングも常時行ったりと大分力を入れる様になってきています。


ただシャトーブリアン近辺にこれといったペイントボール場がないので、わざわざ1時間以上もかけてこういった所にやって来ないとトレーニングが出来ないのがやはり残念です。
スポーツはやはり続けないと意味がないですから。

とはいえ、ペイントボールはお金がかかるスポーツなので彼も月に一回トレーニングに行くだけにしてくれています。
ウェアを含めた装備一式を揃えるのにも最低でも5万円はかかるでしょうか。
それ相応のマーカー ( ペイント弾を打つ為のピストルの様な物 ) になると10万円以上してしまう物もあったりして。
そして厄介なのがペイント弾。これはもちろん毎回毎回必要になりますから。ペイント弾がないと話にならないですものね。
今回のトレーニングでは練習用のそれをワンケース購入。2000発入りで30€。

入場料(フィールド使用料)として10€払ったので、この日一日で40€。
まあ半日思いっきり汗をかき、色々な事を学んだようなので良しとしましょうか。

0 コメント

2014年

4月

26日

Les Françoise de Foix レ・フランソワーズ・ド・フォワ

イースターのチョコレートの話が出ましたが、シャトーブリアンと言えばこれ、Françoise de Foix フランソワーズ・ド・フォワ が町の名産物の一つとなっています。

ラム酒漬けレーズンをプラリネ ( 包焙煎したナッツ類に加熱した砂糖を和えてカラメル化したもの ) で包んだ一粒型のやや苦めのチョコレート。

クリスマスやヴァレンタインの時期にスーパーで良く見かける赤い包みがトレードマークの Mon cheri モン・シェリー ( チェリーのリキュール酒に漬けられたチェリーの入ったチョコレート )のレーズン版とでも言えば良いでしょうか。

シャトーブリアン伯ジャン・ド・ラヴァルの妻 で、長身に見事な黒髪、そしてその才媛と美貌から10年以上もの間フランソワ一世の寵愛を一身に受けた ( 愛妾であった ) フランソワーズ・ド・フォワ ( シャトーブリアン伯爵夫人 ) に敬意を表してシャトーブリアンの一チョコレート屋で作られたのが始まり。

 

ちなみにこのフランソワ一世という王はなんでも大の美女好きで 「女性のいない宮廷はまるで薔薇の無い春の様だ、、、。」 などと言っていたそうな。

Françoise de Foix フランソワーズ・ド・フォワ

( 1495 ~ 1537年10月16日 )は、フランス王フランス一世の愛妾。

シャトーブリアン伯爵夫人( Comtesse de Châteaubriant )として知られる。

 

1505年にシャトーブリアン伯ジャン・ド・ラヴァルと婚約し、1509年に結婚した。

1518年頃、夫が軍の指揮官として不在の間にフランソワ一世の愛妾となった。

それをきっかけに、夫と暮らした家から宮廷に住まいを移した。

王の寵愛ぶりは、フランソワーズの兄弟縁者を昇進させるだけでなく、王太子フランソワの洗礼式にはシャトーブリアン伯夫妻を王家の姫たちの次の高位に列したほどであった。

10年近く王の愛妾であったフランソワーズの絶頂期は、フランソワ一世が戦いで囚われの身となり、マドリードに送られたことで終わる。フランスへ帰国したフランソワは、若くブロンドの髪をした娘に夢中になったのだった。二人の愛妾は、フランソワをめぐって二年もの間寵愛を争ったが、劣勢を悟ったフランソワーズは1528年に身を引いてシャトーブリアンへ戻った。

wikipedia より

シャトーブリアンでこのチョコレートが買えるのは町の中心にあるこのお店。


≪ La pâtisserie Chocolaterie Merlet チョコレート・ケーキ屋 メルル ≫ 

写真は Georges Merlet  オーナーのジョルジュ・メルルさん。

1978年に Le Rochais ル・ロシェ家から買い取ったお店で、1932年に生み出されたこの伝統のレシピをこれまた忠実に引き継ぎながら今に至っているとのこと。
現在は息子さんの補佐に回っているようですが。奥さんが販売をしています。

年末年始に父が訪ねてきた際に初めて買ってみました。
話には聞いていたけれども、一度も食べてみたことが無いと言うと試食用に二粒多く包んでくれました。
こういった嬉しいサービスもついてくる事がありますので、ただ買いに入るだけではなく、出来ればお店の人と少し話しをしてみるようにすると良いですよ。

噛むとトロリとラム酒が口の中に広がり、チョコレートもビター系で少し大人の味でした。コーヒーに合いますね。

0 コメント

2014年

4月

25日

鯉のぼり

義弟の誕生日会。

3月3日の雛祭りでは義弟の娘に私の父からちょっとしたプレゼントがあったので、
来月の端午の節句に合わせて今度は義弟の息子にやはりプレゼントを送って来てくれました。

雛祭りの際には姉のプレゼントを羨ましそうに見ていたので、今度は自分の番だと知ると大喜び。

早速おじいちゃんに助けてもらいながら庭に鯉のぼりを立てていました。

写真にはお父さん鯉しか写っていませんが、この後ちゃんとお母さん、子供の鯉も一緒にしてあげたので、ご心配なく。

 

ちなみに

 

こいのぼり(鯉幟)とは元来、日本の風習で、江戸時代に武家で始まった、端午の節句である旧暦の五月五日までの梅雨の時期の雨の日に、男児の出世と健康を願って家庭の庭先で飾られた紙・布・不織物などに鯉の絵柄を描き、風をはらませてなびかせる吹流しを鯉の形に模して作ったのぼり。 ( wikipedia より )

この日は曇り空ながら雨は落ちてこなかったのですが、健康に育ってくれると良いなと思っています。

0 コメント

2014年

4月

24日

avoir les chevilles qui enflent 腫れた足首を持っている

職場で同僚との会話中に耳にしたフランス語の表現。
注意して話を聞いていると今まで耳にした事のない単語、表現が出てきて勉強になりますね。

" avoir les chevilles qui enflent "
アヴォワール レ シュヴィーユ キ オンフル

 

直訳すると 「 腫れた ( 大きな ) 足首を持っている 」 となりますが
 
自分に確信を持ちすぎている 。
自分の判断、自分の行いに疑いを持っていない、自信を持ちすぎている。

或は
自信過剰になっている、鼻にかける、偉そうにしている


という意味で使われます。

ルイ14世時代、王がその取り巻きに特権として王と同じ様に靴に赤いかかとを加えることを許しました。
そして、取り巻き達の中にはその特権をさらにより良く見せる(見せつける)為に赤いかかとが映える様に靴をわざと広げる者もいたそうで。

そんな事からこの表現が生れたという一説があるそうです。


これと同じような意味では以下の様な表現もあります。


" Avoir la grosse tête " 

アヴォワール ラ グロッス テット

 

直訳すると 「 大きな頭を持っている 」。 

 
頭でっかちと一部の辞書では翻訳されているようですが、どちらかというと
自慢げ(否定的)、鼻にかける といった感じの方が使い方としては正しいでしょう。

いずれにせよ、これかの表現は否定的に使われています。

0 コメント

2014年

4月

23日

des anguilles ヨーロッパうなぎ


日にちが逆になってしまいましたが、前日の土曜日には彼と魚釣りに行ってきました。

目的は何と言っても des anguilles アンギーユ ヨーロッパうなぎ。


大型魚はまだ5月1日が解禁日なのですが、ヨーロッパうなぎはこのロワールアトランティック地方では4月1日から解禁になっているので。

狙い目は明け方過ぎということで平日は朝の5時前起きの毎日なので、週末くらいはゆっくりと寝ていたいという気持ちを我慢し、6時30分には出発。

このうなぎはヨーロッパ全域の河川に生息し、夜行性・底生性で普段は川底の泥や岩陰に潜んでいるとのこと。
それなので浮き釣りではなく錘を付けた底釣り。

この日は風がかなり強く、冷たかったので糸を張ったら竿が振れるまで車の中で待機、、、という様に怠惰ですがカー釣り ( そんな言葉はもちろんありません )に専念しました。

結果は、、、そんなに早起きする必要はありませんでしたね。

10時過ぎにようやく彼が一匹釣り上げ、この日の収穫はこれのみ。

うねうねするので釣り上げるのに他の魚以上に慎重になりました。

彼も私もうなぎはさばいた事がないので義父に頼んでしまいました。
そして翌日のバーベキューで試食。
一晩酢に漬けておいたものを焼いただけ。
日本だったらやはり蒲焼が最高なのでしょうけれども。
味は日本のそれとかわりませんでしたよ。弾力が少し強いかもしれませんが。

0 コメント

2014年

4月

22日

Le Leroux ルルー家のイースターはというと

という訳で4月21日(月)は lundi de Pâques イースターの月曜日と言って、振替祝日。

3連休となったのでどこかに行く人もきっと多かった事と思います。
また学校は2週間のイースター休暇中 ( 私の住むシャトーブリアンは翌週からですが、* 注 下記ゾーン )。

 

ちなみにこちらでは観光地、交通機関の混雑を避けるため、以下の様に3ゾーンに分かれています。


ゾーンA : 4月26日(土)~5月11日(日)
( カーン、クレルモンフェラン、グルノーブル、リヨン、モンペリエ、ナンシー、メッツ、ナント、レンヌ、トゥルーズ など )

ゾーンB : 4月19日(土)~5月4日(日)
( エックス―マルセイユ、アミアン、ブザンソン、ディジョン、リール、リモージュ、ニース、オルレアン、トゥール、ポワティエ、ランス、ルーアン、ストラスブール など )
ゾーンC : 4月12日(土)~4月27日(日)
( ボルドー、クレテイユ、パリ、ヴェルサイユ など ) 

 私たちはというと、丁度義弟の誕生日にあたったので、彼らの家でバーベキューでお祝いしました。

フランス人は本当にバーベキューが好きなんですよね。
4月に入ると陽気も暖かくなり、日が沈むのがますます遅くなってきます ( 現時点で21時近く ) 。
そうなってくるとスーパーで良く目にするようになるのがバーベキュー用品に、ファミリーサイズのパッケージに入ったソーセージ類。


上記の様なバーベキューは 30€ 程で、この様な感じの物は 80€ 程で購入できます。

ちなみにこちらの人はとにかく肉、肉、肉、、、ですね。
日本の様に野菜や魚介類が出てくる事は少ないかもしれません。

 

こんな感じになってくると 120€ 以上は軽くするでしょうか。

バーベキューにはやはりビールやロゼワインが人気ですかね。
遅くまでワイワイガヤガヤ、良く食べ、良く飲み、そして良く喋ります。

さらに上を行く人の庭にはこの様なバーベキューセットがあったりもします。


最近では使い捨ての卓上バーベキューセットなども売っていたりするのですよね。
アルミ製で火を消すためのペットボトルが一緒についています。5€ 程でしょうか。
車でちょっと出た先でやりたい時には持ち運びに場所を取らないのでとても便利です。

0 コメント

2014年

4月

21日

Pâques イースター 続き


と、これはシャモニーでサロン・ド・テ兼パン・ケーキ屋に勤めていた頃の話。
こんなに高いチョコレートでも毎日飛ぶように売れていました。
外国人観光客やヴァカンス客が多かったせいもあるのでしょう。
郵送もかなり頼まれていましたっけ。なにせチョコレート、途中で壊れない様にする為に厳重に梱包するのが大変でしたけれども。

全てが職人の手作り。
同じような物でも一つ一つどこかしら形にしろ色にしろ違いがあり、自分の好みの物を見つける楽しみがありました。

シャトーブリアンにはあまり「お洒落なお菓子屋」という物が残念ながら無いのですよね。
大抵の人がお世話になるのがスーパーマーケット。

この時期、どのスーパーマーケットに行っても見られる風景。

色とりどり、色々な形をしたチョコレートが所狭しと飾られています。

はっきりいってもうこれはクリスマスもそうですが、宗教上の行事ではなく「商戦」になってしまっていますね。

子供たちに人気のあるのはやはりこれ。
ミルクチョコレートで食べやすい上、卵の形をしたそのチョコレートを割ると季節や行事、その他もろもろに関連したおもちゃが出てくるのが何と言っても子供たちの楽しみ。

Kinder  キンダー ( ドイツ語で子供という意味 ) 。
卵型以外にも右下写真の様に色々な種類のチョコレートがあります。
皆さんんもどれかしらは食べたことがあるのではないでしょうか。

通常タブレット型チョコレートは10€/kg以下はスーパーのマークの入った物、20€/kgも出せばそこそこ美味しい物が食べられます。
お菓子屋で購入するチョコレートの詰め合わせは大概40€/kg以上。

しかし、しかし。
上の写真を見ても分かるかと思いますが、この時期のチョコレートは皆金額アップ。
40€/kg以上はザラで100€/kg近くなる物も多く。やはり「商戦」ですね。

チョコレートの好きな方。
日本でもヴァレンタイン後のそれと同じかとは思いますが狙い目はイースター後 ( クリスマスの後も同様 ) 。
売り切れなかったイースター用のチョコレートが半額になっていたりしますよ。

0 コメント

2014年

4月

20日

Pâques イースター

4月20日(日)は 2014年度のPaques  イースター ( 復活祭 ) でした。

以下は2009年のブログから ( エイプリルフールの由来も含めて )。


  『poisson d'avril ポワッソン・ダヴリル』とは直訳すると「4月の魚」ということですが、ようは日本で言うところの「エイプリル・フール」のこと。


日本同様こちらでも友達間、家族間、、、果ては新聞、ニュースなどでもあることないことでたらめの事を言い最後に「冗談でした、ポワッソン・ダヴリール」などという風に一日を楽しんで?います。


どのようにしてこの「ポワッソン・ダヴリル」が生まれたのかは定かではないようですが、次のような一説もあるようです。


『 ヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していたが1564年にフランスのシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用。

しかしこれに反対した人々が4月1日を「嘘の新年」とし、馬鹿騒ぎをはじめた。

しかし、シャルル9世はこの事態に対して非常に憤慨し、町で「嘘の新年」を祝っていた人々を逮捕し、片っ端から処刑してしまう。

処刑された人々の中には、まだ13歳だった少女までもが含まれていた。

フランスの人々は、この事件に非常にショックを受け、フランス王への抗議と、この事件を忘れない為に、その後も毎年4月1日になると盛大に「嘘の新年」を祝うようになっていった。

これがエイプリルフールの始まりである。』(Wikipedia 「エイプリル・フール」より)


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! 、、、とそんなわけで、私の勤めるパティスリ-&サロン・ド・テ  でもチョコレートの魚をこの日の為に作りました!!

ただ本物のお魚の方が安い、、、などということはくれぐれも言わないように(小さい物でも4.5€するのです)。

 

フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! 
そして、今お店の中はお魚だけでなく、鶏や兎、犬に猫、牛や熊、、、などの動物達で溢れかえっています。


 

フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!! そう、これはPaque(イースター・復活祭)のお祝いの為。

『復活祭』とはキリスト教の最も重要な祝日のうちの一つで、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目によみがえったことを記念するものとのこと。


基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、毎年日付が変わり、今年は4月12日がそれに当たります。


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!


その復活祭の最も有名な習慣が卵に色とりどりの包装をしたり彩色をしたりすること。

 


フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!

卵を形どったチョコレートもどこのお菓子屋でも見つけることができますが、『ヒナが卵から生まれることをイエスが墓から出て復活したことを結びつけた、および冬が終わり草木に再び生命が甦る喜びを表した(Wikipedia より)』からだとか。

そして兎も多産=生命の象徴であり、また跳ね回る様子が生命の躍動を表しているから良く使われているようです。


なるほど、、、このような歴史・意味があったとは。
フランス・シャモニーからこんにちは!! Bonjour de Chamonix!!
しかし、それにしてもうちのチョコレートは高くてそんな意味があるにしてもとてもではないけれど買えません!!

 
 

0 コメント

2014年

4月

16日

フランスの選挙

ところで随分前の話になってしまいますが、先月末に市町村議会議員を選ぶ直接普通選挙 ( 6年ごと ) が行われました。
 

 

直接普通選挙で市町村議会議員を選び、選出された議員が市町村長(および副市町村長)を選ぶ。


㋐ 人口 3,500 人未満の市町村 : 多数代表連記 2 回投票制

㋑ 人口 3,500 人以上の市町村 : 拘束名簿式比例代表 2 回投票制

㋒ パリ、リヨン、マルセイユ             : 各選挙区内で名簿式比例代表 2 回投票制を実施。

( 人口 3,500 人以上の市町村と同じ規則に従って ) 有権者は市議会議員と区議会議員を同時に選ぶ。

 

第一回投票 ( 3月23日 ) で有効投票の過半数を獲得する候補者がなければ3月30日の決選投票で勝者を決める。

 

結果、第一回、二回投票のどちらも失業率の高止まりなどによる現政権に対する不満から左派は敗北 ( 右派の得票率約 53 %、左派は約 41 % ) 、逆に欧州統合反対、移民敗訴を掲げる極右の国民戦線 ( FN )が躍進しました ( ゼロから10以上の自治体で同党の首長が誕生 ) 。

 

第1回投票の棄権率は、24日未明の内務省集計で過去最高の38% 。
第2回投票後の31日未明時点のそれは 38.9 %。


「有権者の失望が投票を拒否する形で示された」との指摘もありますが、、、、。
確かに声高に自分の意見を述べるフランスではその様な形での棄権も少なからずあったかと思います。

ただ日本同様、たかが一票では何の力にもならないと考える人や政治に興味のない人もかなりいて。
たかが一票、ではないのですよね。この一票、一票の積み重ねが大きな声、力となり政治を動かして行くのですから。

 
と言いながら、私たちは投票に行く事が出来ませんでした。
というのも、やはりフランスは「自分で動かないと何もしてくれない国」であって、これは選挙権に関しても同様。
選挙権は18歳から与えられるのですが、但し「自分が住んでいる場所か不動産物件がある場所、両親の出生地のいずれかの役所に申請して、有権者カードを取得しないと投票できない」事になっています。
話には聞いていたので選挙の一ヵ月程前に市役所に申請しに行ったのですが、今回の選挙の為には昨年12月末までに申請しなければいけなかったとの事。
今回はかなり市の運営に不満を持っていたので、本当に残念でした ( 結局シャトーブリアンは現職が再選しました ) 。

 その様な訳で、まだ一度も投票には行った事はありませんが、投票方法はやはり日本とは違うようです。
 
各候補者の名前が印刷された用紙が机の上に置かれていて、有権者は 1 枚ずつ全員分を取って投票スペースへ。
投票したい人の用紙を封筒に入れて投票箱へ ( このとき係員が「ア・ヴォテ=投票しました」と声を出す ) 。誰に投票したか分からない様にする為のシステムですが、投票しなかった分の用紙はゴミ箱に、、、というのがあまりエコロジックではないですね。
0 コメント

2014年

4月

15日

新しい家族

先日の日曜日は彼のペイントボールの試合の為に朝5時過ぎに起床。

出発の準備をしていると玄関の向こうから「ミィヤァ、ミィヤァ」という小さな鳴き声が聞こえてきました。
上階の住人が飼っている猫の鳴き声かと最初は思ったのですが、それにしては声が近すぎる。
扉を開けてみると小さな猫がちょこんと座っていたのです。
階下にあるアパートの入口がよく開け放しにされているので、これまでも野良猫が建物の中に入ってくる事は何度かあったのですが、初めて見る猫。

ただここで撫でたりしては居着かれてしまうと、出口を促し扉を閉めたのですが。

出かける時間になり玄関の外に出てみると、先程の猫がまだいてゴロゴロなついてくるのです。
出かけなければいけなかったし、アパートで動物を飼うつもりもなかったので、なるべく目を合わせないように足早に出て行ったのですが。
その猫は私たちの後ろから何とも悲しそうに、ミィヤァミィヤァと、しかも今までどの猫からも聞いたことがない様な大きな声で救いを求めるかのように何度も何度も悲しく鳴くのです。
まるで「追いて行かないで!!」とでも言っているかの様に。

彼もあんな声は今まで聞いたことがない、と。
あの何とも言えない悲しい声が耳に残ってたまらない、と。

玄関の扉を開けた時にじっと私の顔を見ていたあの時の猫の目が生前の母の目に似ていて、私もずっと母を置いてきてしまったようなやり切れない気持ちでいたのでその事を彼に言うと、

「あの声にその目。もしかしたら何かあるのかもしれない。帰宅した時にまだいたら何か意味があるのかもしれない。その時はじゃあ飼おう。」と。

朝の6時すぎに家を出、アパートに戻ってきたのは午後3時過ぎ。
さすがにもういないだろうと思っていたのですが、、、。
建物に入り階段を先に上っていた彼が

「何、猫ちゃんまだいたの!?」と。

きっと冗談で言っているのだろうと本気にしなかったのですが、、、。
本当に朝の猫が朝と同じ場所にちょこんと座っていたのです。

確かにまだいたら飼おうと言ってはいたものの、アパートでは飼わないと決めていたので、随分悩んだのですが、、、。
良く見るとしっぽが少し曲がっていて、右の後ろ脚も若干引きずっているような感じ。
どこかで事故にでもあってしまったのか。
そんな可哀想な猫をほっぽり出してしまうのも気が咎めるし、何よりも朝の異常な鳴き声、そして母に似ている目を持った猫。
きっと何かあるのだろう ( もしかしたら母の、、、!? ) と飼うことに決めました。

そのうち家を持ったらまず犬、そして猫を飼おうかなんて言っていたのですが順番が逆さまになってしまいました。まあ仕方がないですね。

 

という訳で新しい家族の名前は Taka 。
私の母の孝子という名前からつけました。
自分の名前を既に理解しているようでTaka と呼ぶとミィヤァと返事をします。


小さいころに引っかかれてその後猫が怖かった彼も仕事の合間に電話をしてきては、Taka はどう?Taka がこれしたあれした、、、とすっかり親ばかになってしまっています。
この遊び道具を翌日直ぐに買ってきたのも彼。

事故にあってしまったのかどうかはわかりませんが、少しでもTaka に安心した暮らしをあげられたら良いなと思っています。

0 コメント

2014年

4月

11日

La naissance de petite Lilou リルーちゃんの誕生


新しい命が誕生しました。
 ( 写真 : 生後一週間ほど )
、、、と言っても私の子供ではありませんが。私の彼の弟の子供。

名前は Lilou リルー。体重は2250gととても小さい女の子です。
4月1日23時52分に誕生。
お母さんはなんとしても日付が変わる前に産みたくって最後は助産師さんの首にかけてある時計を見ながらいきんでいたそうです。 


ちなみにこれがまだお母さんのお腹の中にいた時の写真。
生れてくる一ヵ月程前。

生誕祝いに Poirier 洋梨の木をプレゼント。
なぜに洋梨かというと、お母さんの姓が Poirier なので。
これからずっとこの木と共に健やかに成長していって下さいね、という意味を込めて。
早速翌日、庭に植えてくれたようです。

しかしこの苗木、私が買いに行ったのですが、ゆうに170cmはあり、、、。
車 ( マニュアル ) を運転できない私は10分強の道のりをえっちらおっちら、ゆらゆら枝を揺らしながら帰って来たので、花弁はほとんど散ってしまいました、、、。
それでも丈夫そうな枝をつけているので、まだこれからも新しい花を咲かせてくれると思いますが。


昨年末に他界した母の誕生日が3月31日。
当初は3月中旬だったリルーちゃんの出産予定日。
それが延びに延び、しまいには3月31日か4月1日くらいになりそう、と言われ。

3月31日になったら母の生まれ変わりかも !!などと期待していたのですが。
結局は4月1日になり、残念に思う反面、やはり母の生まれ変わりは私の所に来てもらいたいから、、、これで良かったのかなと。

0 コメント

2014年

4月

08日

Dong du sang 献血

同僚の 「 娘が献血に行きたいというから連れて行かないといけない 」 という話に触発され、久しぶりに献血をして来ました。
 
シャモニーのそれ以来、なんと10年振り。

献血というもの、人の役にも立つし自身の血の入れ替えにもなるので「機会があればぜひともやりたい派」なのです、が。
今までは仕事等で都合がつかなかったり、また日本にいた際にも「フランスにいた方は駄目です」、、、などと言われてしまった事があるのでその機会に恵まれていませんでした。
 

海外在住者は日本での献血は不可能?

日本赤十字社のサイトより確認してみると、、、。

■ 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病について
近年、英国を中心に発生している変異型クロイツフェルト・ヤコブ病については、輸血による伝播に関して未知の部分が多い一方、牛海綿状脳症との関連も強く指摘されています。安全が確認されるまでの間欧州諸国に滞在(居住)された方の献血をご遠慮いただいています。

* フランス : 1980年~2004年までに、通算6カ月以上の滞在(居住)歴のある方

基本的には帰国後4週間以上であれば出来るようなのですが、私の場合上記に該当してしまうのでやはり日本では残念ながら駄目なようです。


町外れの病院だったら徒歩で20分くらいは軽くかかってしまうので行かなかったかもしれないのですが、家から10分ほどの所にある多目的ホールで行われていたので良かったです。

「こういうのは皆あまりやらないのではないかな、きっとガランとしているはず」、、、などと思いながら行ったらなんのその。
既に待ち人がかなりいて、学校や会社の終了時間に丁度当たったので、この後も引っ切り無しに人がやって来ていました。
受付でもらった番号は91。午前中も含めてなのか、或は午後以降の人数なのか確かめませんでしたが、それでも結構な人数ではないでしょうか。


受付でこの様な用紙をもらい、全部で52項目の質問にハイかイイエで答えます。
この用紙の答えを下に、お医者さんとの面談が行われ、血圧、ヘモグロビン値 ( 女性 12.5 g / dl 、男性 13.5 g / dl以上要  ) も検査します。

 


またこの筆問用紙の中にも書かれていますが、以下の方は献血が出来ないので、予め知っておいた方が行ったのに出来なかったと無駄足を踏まずにすむかと思います。



・ 特定の病気になったことがある。

・ 服薬、妊娠、授乳中、発熱等。
・ エイズ、肝炎などのウィルス保有者。

・ 輸血歴、臓器移植歴がある。
・ ピアスの穴をあけてから一定期間を過ぎていない。

・ 一年以内にタトゥーを入れた。

・ 一年以内に予防接種を受けた。

・ 出血を伴う歯科治療を三日以内にした。

・ 四週間以内に海外旅行、海外で生活した。

・ クロイツフェルト・ヤコブ病の者。

・ 怪我をしていてまだ治っていない。

・ プラセンタ注射を受けた。


検査でOKが出ればこの様な寝台に横になり、看護師さんの指示に従いながら献血を行います。


そしてこれも日本と同じでしょう。
献血了後には失われた鉄分補給の為にも、そして急激な動きを避ける為にもこの様に軽食が提供されます。


本日の献立。この後ホットチョコレートも頂きました。
その他にバゲット、フルーツポンチなどもありました。


職場の同僚発見 ( 男性の方 ) !!
自分は献血が出来ないので代わりに31年以来ボランティアスタッフをしているとの事。
偉いですね。

次回は6月。都合がつけばぜひ行きたいと思っています。

0 コメント

2014年

4月

07日

給料アップ!!


4月1日から給料がアップしました!!
今日就労中に上司がやって来て、勤務態度に問題が無いので給料を上げる事、このまま引き続き今までの様に勤務してもらいたいという事を伝えられました。

微々たるものですが、嬉しいですね。

ただこの給料アップは業務態度に問題なければ基本的に全ての契約社員(派遣会社を通じて勤務している)に適用されるもので、私だけ特別なわけではありません。
この工場では勤務開始から3ヵ月、6ヵ月、9ヵ月、18ヵ月後に契約社員の賃金を上げる方針になっているようです。
それ以降は残念ながら工場の全就労者(正社員含む)の賃金アップでもない限りもう上がることはないのですが。

それでもこの辺りの中では給料が良いと言われている工場。
私がこの工場で働き始めた年のフランス全体の最低賃金は9,22 € / 時。求人をかけていたほとんどの雇用主はこの最低賃金をベースにしていたのですが私は 9,85 € / 時から開始。今回のアップで 11,54 € / 時 (最低賃金 9,53 € / 時 ) となりました。

但し、この数字は brut ( 税引き前支給額  )。
これから健康保険、家族手当負担金、労災保険、寡婦年金、老齢年金、失業保険、補足退職年金、補足年金、控除対象一般社会税、社会負債返済税、源泉徴収所得税、、、などが引かれたのが net ( 手取り )。 大体 brut の2割減くらいでしょうか。


さらにオーランド政権になってからそれまで非課税であった残業代( 通常賃金+25 % )も課税対象になってしまったので、 かなり引かれてしまっている感があります。
就職活動する際にはbrut よりnet での賃金を聞くようにした方が良いですよ。

私が勤務している間にも一度工場の労働ストライキで全体の賃金がアップしたことがあるのでまだ今後の給料アップも期待できないこともないかもしれません。
労働ストライキ、さすがフランスと思ってしまいます。

0 コメント

2014年

4月

05日

toucher le peau du singe 猿の肌を触る


'' toucher la peau du singe ''  トゥシェ  ラ  ポウ  デュ  サンジュ 

 

先日職場で耳にした言葉。

フランスに住み始めて10年以上が経ちますが、初めて聞いた言葉。

直訳 すると 「猿の肌を触る」。
他人の頭を触りながらこの言葉をいう事で自分に不幸が降りかかってくるのを避けるという意味があるのだそう。


この言葉を言いながら私の肌を触って来たので

「 アジア人=黄色人種=猿!? 」と、また差別か!!と思ったのですが、人間の元々の起源は猿だからとの事で、今回は私が勘ぐり過ぎたようです。

それなら '' toucher du bois ''  トウシェ  デュ  ボワ ( 直訳 : 「木を触る」 )  と言いながら木製の物を何か触るのと一緒の意味?と聞くとこちらの表現は知らないとの事(何人かに聞いても同じ答え)。
以前住んでいた所の人達は皆こちらの表現を使っていたのですけれども。

彼らからは「山 ( = 木 ) の多い地方だったからじゃない?」などと的を得ているのだかいないのだか分からない答えが返ってきたのですが。

私の彼 ( もちろん両方の表現を知っている )に言わせると、職場の同僚の多くはこの小さな地域すら出たことのない人達だから自分たちの周りの世界しか知らないんだよ、といつもの様に苦笑いしていました。

また  
" croiser les doigts "  クロワゼ  レ  ドワ
( と言いながら両手の人差し指と中指を交差させる ) もほぼ同じような意味に使われますが、こちらはより健康や宝くじに当たる、、、などの願いをかける時に多いように思われます。

結局一番古いのは toucher du bois 。

なんでも ペルシアやエジプトの栄えていた古代から ( 紀元前11世紀 ) 既に使用されていたようで、「木を触る」という事は火の神Atarの保護の下に置かれる事を意味していた様です。
それなのでなかなか木が見つけられない時に備えて鞄の中に木の破片を入れて持ち歩き、何かある毎に禍が降りかからない様触っていたとか。

中世でもやはりキリスト教徒たちが逆境、苦難から逃れる為に「木の十字架に架けられ自らを犠牲にしたキリスト」から「木を触る」という言葉を使用していたみたいです。

 

toucher la peau du singe  はフランス北部でしか使われていない様です。

0 コメント

2014年

3月

31日

母の誕生日


今日は母の誕生日。
ただその母は悲しい事に昨年末に他界してしまったのですが。

でもこの日は私 ( 私の家族 ) にとってはこれからもとても大切な日になっていく事でしょう。
かけがえのない大好きな母が生れてきてくれた日。
この日がなければ私もこの世にいなかった訳で。
74年前に生まれてきてくれ、そして最後の最後まで暖かく家族を見守って来てくれた母。

これからもずっと一緒だよという気持ちを込めて、彼の提案で母に盆栽をプレゼントしました(手前の物)。

後ろの大きな盆栽は彼の家族が私の40歳の誕生日にプレゼントしてくれたもの。
親と子の大きさが逆になってしまいましたが、この盆栽たちはこれからもずっと私と同じように年を重ねて行ってくれるでしょう。

こういった母に対する私の全ての行動を理解してくれる私の彼にもとても感謝しています。
恐らく日本人独特の感性からくる物、行動を受け止められない人もいるかと思いますが。二つの文化が交わるのは時に難しい事もあるのですが、本当に有難いです。


2 コメント

2014年

3月

30日

サマータイム、日本では?

日本では、太平洋戦争後の連合軍統治下において実施されていたようですね。

1948 年から 5 月の第一土曜日の 24 時 ( =日曜日の 1 時 ) から 9 月の第二土曜日の 25 時 ( =日曜日 1 時 ) までをサマータイムとして設定していました。

但しこれは 1952 年 4 月 11 日に連合軍の占領が終了するのに先立ち廃止されたとの事。

 

2005年8月12日にNHKオンラインが実施したアンケートでは、反対派が賛成派をわずかに上回ったようです。理由は以下の通り。

  • 日本列島は東西に細長いため、東日本と西日本で日の出・日の入りの時刻に大きな差があり、全国一律にサマータイムを導入するには不適。
  • 日本は湿度が高く、日没後も蒸し暑いため、帰宅後の冷房需要が他国と比べて大きい。
  • 日本の周辺国の多くはサマータイム制を導入していないので、欧米のサマータイムに合わせる必要性が薄い。
0 コメント

2014年

3月

29日

L'heure d'été サマータイム


2014年3月30日の深夜2時。
フランスは ( 一部を除く他のヨーロッパ諸国も同様 ) サマータイムに変更されます。

深夜 2 時に時計の針を 1 時間進め、深夜 3 時にする。

つまり今晩は皆通常よりも 1 時間睡眠が少なくなってしまします。
 
 今朝職場の同僚に言われるまですっかり忘れていたのですが、今はテレビのどのニュースでも必ず最後に 「 今晩は時計の針を1時間進めるのを忘れないように 」 と繰り返し促してくれますし、パソコンなどでは自動的に時間を直してくれるシステムも入っていたりするので、忘れて困ってしまう人はほぼいないといって良いかと思いますが。

この「サマータイム」でいつも思い出すのが、 20 年ほど前にリヨンで留学生活を送っていた時の事。
当時、フランス語はまだ良く理解できず、さらに新しい土地に着いたばかりなので友達もまだいない状況で一人で寮生活を ( テレビももちろん無し ) 送っていたのですが。
サマータイムに関しては全く知識が無く、また授業で話していたかもしれないけれども、良く聞き取ることが恐らくできなかったのでしょう。
月曜日に学校に行ってみると、ほとんど人がおらず、学校だけではなく町全体も静まり返っていて。おかしい、今日は祝祭日だったっけ!?と。
実はその週末にサマータイムから冬時間に替わっていたのを知らず通常より 1 時間早く登校してしまったのです。

この様な苦い経験があるので、それ以降は間違えてしまったことはありませんが。

このサマー・ウィンタータイムの導入は、フランスでは1973-1974年のオイルショック以降設置され、1998年よりヨーロッパ各国 ( 一部を除く ) と共通の時間を取るようになっています。

つまりサマータイム導入日は3月の最終日曜日 、ウィンタータイム導入日は10月の最終日曜日  。
日照時間に合わせた生活をすることで出来るだけエネルギーの消費量を抑えることを目的としています。

 

これらが土曜日と日曜日の間の深夜に行われるのはなるべく生活に支障のない様にする為。フランスは基本的には日曜日の就業は基本的には禁止されているので、学校も休みの週末に行った方が交通機関等も含めた混乱が少なくなるからなのでしょう。

なぜエネルギー消費の抑制になるのか。
3月31日 のパリを例に挙げると、、、

冬時間のままだと日の出は 6 時、日の入りは 19 時 45 分。
それを夏時間にすると日の出は 7 時、日の入りは20 時 45 分。
と朝、夕それぞれ1時間ずつのエネルギー使用量の削減になるのです。


また、一年で一番日照時間の長い日が冬時間のままだと日の出は 4 時 15 分、日の入りは 21 時 30 分になってしまいますが、それを夏時間にする事で日の出は 5 時 15 分、日の入りは 22 時 30 分まで延ばすことができます。

通常ほとんどの人が就寝している 5 時にはあまり明かりは問題にはなってきませんが、逆に 21 時 30 分から 22 時 30 分の間には明かりはほぼ必然。 22 時 30 分まで日の光があるのであれば人工的な明かりは必要ないのです。


青 : 夏時間を実施している国・地域
橙 : 過去に夏時間を実施したが現在は行っていない国・地域
赤 : 夏時間を実施したことのない国・地域

 

そしてこれらの国では以下の効果が得られると考えられているようです。

  • 明るい時間を有効に使えるので照明の節約になる。
  • 交通事故や犯罪発生率の低下。
  • 活動時間が増えることによる経済の活性化。
  • 午後の日照時間が増えることによる余暇の充実。

但し、もちろんこのシステムに反対する声もあり、その理由としては以下の通り。

  • 明るいうちに帰宅すると、暑い時間を家で過ごす時間が長くなることから冷房による電気の使用量が増え、照明の節約効果以上にエネルギー消費量が増える。それにより、かえって電気代も増えることになる。
    ( 但し、この理由は一般家庭では冷房機器の少ない欧米諸国にはあまり当てはまらないかと思いますが。 )
  • コンピューターを利用する各種システムを更新しなければならないなど、移行コストがかかる。
  • 時刻切り替え時に一時的に交通事故が増加するという報告もある。
  • 日本においては、個人の時間を削り労働時間 ( 残業 ) を増やす上、最悪サービス残業の温床になりかねないという指摘もある。

 

私は賛成はですが、皆さんはどう思われるでしょうか。

0 コメント

2014年

3月

22日

やっぱり美味しい物が食べたい

① 『 野菜 』

出来るだけ農家直送の野菜屋を利用するようにしています。
家から徒歩10分強の所にあるその野菜屋、たまたまその隣の店に行く用事があった時に、興味津々で入ってみたのが始まり。それまでは存在すら知らなかったのですけれども。

農家直送な上、商品に触れられるのは店員のみなので衛生面も良し。
順番待ちで自分の欲しい物を店員に伝え(全て量り売り)取ってもらうシステム。
どんな料理に使いたいのか、いつ頃食べるつもりなのかを伝えるとそれに合わせた物(熟成度含め)を選んでもくれたり。
しかも余分な梱包など一切ないので(野菜も皆ケースに入ったまま陳列されている)その分恐らくコストダウンでき、値段もスーパーと変わらないというより逆にスーパーより安かったり。
その上、味が全然違う( 「味がある」と言った方が良いのでしょうか。)!!!

② 『 卵 』

同僚の両親が飼っている鶏 ( 30羽くらいいるらしい ) が産んだものをもらっています。写真の様なイメージでしょうか。

広大な土地で飼っているのでストレス無し。量は時期にもよるけれども毎日、毎日元気に産んでいるようです。
食べている物は恐らく残飯など。なので全くのBIO。

Mサイズ : 1.5E / 12ケ

L サイズ  : 2.0E / 12ケ
と、やはりこれもスーパーの料金と同じか安いくらい。
違いは白身は美味しそうに盛り上がっていて、黄身はきれいな濃い黄色をしていること。
スーパーなどの卵(安めの物)は割ると「べちゃ」とした感じになるのですが、これらの卵は「プルン」とする感じ。なんとなくイメージしていただけるでしょうか。
やはりこちらも味が全然違います!!

③ 『 肉 』

その同僚から教えてもらった、家から車で5分ほどの所にある畜農家で直接購入。
若いカップルが近年になって始めたサービス。
年に4~5回ほどメールで希望者を募り(量に限りがあるので先着順)、自分の所の牧場で育てた牛を自ら処理し、直接販売してくれる。
 
( 「今まで家族同様に育ててきた牛の・・・ちゃん・・・歳とさよならします。」などというようなメッセージも書かれていたりして 。)


口づてで最近ではかなり広まって来たのでナントの方まで出張サービスもしているみたいですが。

肉は全て前日にさばかれた物。それを全て一つずつ真空パックに分けて入れてくれているのでこちらも手間なし。そのまま冷凍庫に入れておけば新鮮なままいつでも好きな時に美味しい牛肉が食べられます。

写真① 

こんな風に決められた日に牧場まで取りに行くと冷蔵車から既に準備された肉の入った小箱を取り出してくれます。

写真②

良く見えないと思いますが、山羊や羊などもいたりします。

写真③

今回オーダーした3歳と3ヵ月の牛から取れた肉。
12 種類でトータル 10 kg ( 11,50 E / kg )。

* 10 ㎏、12 ㎏、15 ㎏ から選択

写真④
あまりきれいに撮れてはいませんが、、、早速食してみました。
スーパーの物よりボリュームがあり、なんといっても肉の旨みが違う。

ステーキにしてもスーパーのゴムの様な物と比べたらとっても軟らかくて美味しい!!

もちろん自分たちの「少しでも美味しい物を食べたい」という願望が一番ですが、
地域の産業を発展させる、若い人達の力にもなれる、、、かな、と。

もちろんここに限らず直接販売をしている畜産農家は沢山あるかと思いますので、機会があればぜひ色々当たってみて下さい。

私たちも今度は「豚関係」を探している所です。

0 コメント

2014年

3月

17日

派遣会社は有効に利用しましょう!!


以前のブログにも書きましたが、派遣会社にももちろん福利厚生があります。
派遣会社によって内容に若干の違いがありますが ( 必要時間数、還元金額の違いなど )利用しない手はありません。

例えば私の所属する Adecco のそれは以下の通り。

 

1  過去 12 カ月の総労働時間が 450 時間以上
 ・映画の入場券 4.20 € ( 通常 9 ~ 11 € )

 ・冠婚葬祭 商品券 40  €

 

2   同 700 時間以上( 但し 6 ヵ月の継続した労働であること )

 ・「Adecco Relax」 : フランスとスペインの 114  か所にあるリゾートアパートが 168 €~ 306 €  (  アパート、地域、期間により 異なる  ) /  週 で利用可能

 * 但し勤続年数の多い者から優先的

 ・「DEGRIFF’RELAX」 : 利用率が 55  % 以下のリゾートアパートが  132  € / 週  で利用可能 ( 但し学校の休暇期間は除く )

 

3  同 900 時間以上(  同 6ヵ月、12ヵ月 )

 ・Disney, Astérix, Futuroscope やセントラルパークや動物園が割引料金で利用可能
 ・保育、家事、介護サービス等に使用できるチケット

  14 € / 枚 を 10 € / 枚 で購入可能 ( 120 € / 年 まで購入可能 )
 ・書籍・ディスク等に使用できる商品券

  10 € / 枚 を 5 € / 枚 で購入可能 ( 120 € / 年まで購入可能 )

 

4  過去 18 ヵ月 の総労働時間が 1450 時間以上( 但し 12 ヵ月、18 ヵ月の継続した労働であること )
 スポーツや文化 : 各種会員費の負担

  年間 80 € / 派遣社員一人当たり、20 € / 家族一人当たり

 ・趣味や公演 : チケット購入金額の40%を負担 

  ( 120 € / 年 まで )

 ・林間学校等 : 登録費用の40%を負担 

  (但し 収入額により一家族当たり150、400、600 € / 年 の制限有 )

 ・キャンピング場 : 7月12日~8月23日までの期間で一回のみ利用可能

  80 € / 派遣社員一人当たり、20 € / 家族一人当たり
 ・旅行 :一定期間で宿泊施設を含む往復の船舶航空を利用した国外旅行の負担
  ( 収入額により一家族当たり 80 ~ 120 € )  

 

その他ヴァカンスやクリスマスプレゼント用の小切手(何%か負担してくれる)、クリスマスプレゼント ( 贈呈 ) などもやはり派遣社員の労働条件(総労働時間等)によりけりですが申請できたりします。

「なかなか素晴らしいサービス!!」と思うかもしれませんが、ここがまたフランス。
これら全ては前回のブログでも話したように、こちらから要求していかないと何も得られません。
向こうから話してくるという事は一切ないので自分で勉強しないと本当に損をしてしまいます。


クリスマスプレゼントも貰ったことはありませんし。
時計や商品券をプレゼントしている派遣会社もあったりするのですが、どうやら私の所は残念ながら「ケチ」で知られているようです。


工場で着用するユニホーム ( セキュリティーシューズを含む )なども契約上派遣会社が「きちんとした物」を揃えることになっている( =基本的には一年ごとに新品を提供しなければいけない )のですが、「在庫を切らしている、サイズが無い、、、」等の理由でそれもほとんど守られていません。どうしようもなくボロボロになっていたとしても、、、。何度も何度も出向いて行って訴えないともらえる物ももらえません。

以前話をした「釣り許可証」もこのシステムでは「スポーツ・文化」に当たり、年間で80€まで返金してもらえるのですが、一年目はこういったシステムを知らなかったので無駄にしてしまいました。ああ、勿体無い。

ヴァカンス小切手はそろそろ申請時期が近づいてきているので、逃さないように気を付けないと思います。

0 コメント

2014年

3月

14日

フランスで気を付ける事。


フランスはとにかく自分で動かないと何も得られない国。


日本のサービスが過剰と言えばそうなのでしょふが。
質問して答えが得られないことはほぼなく、求めた以上の答えをもらえることも多々。

それに比べフランスでは待っていては本当に何も得られません。

当然の義務、サービスであっても向こうから勧められることはまずなく、例え勧められたとしても、本当にそれがこちらの得になるのか信用できないこともままあり。

例えば以前自動車購入の為にローンを組んだ時の話。

銀行側の提示した利子率がネット(その銀行のサイト)で調べた物と違いそれを指摘したところ、

 

「それは先月末までのプロモーション。残念ながらもう利用できません。何か出来るか上司に掛け合ってみますが、、、。」

と、後日提示されたのは最初の提示率より若干低くなったもの(ネットのそれよりかはまだ高かった)。


「私が最大限に出来るのはこの数字まで。本来ならこの数字を出すのも難しかったのですけれども、お客様だから特別です。」

 

などと言われたので危うくサインしそうになったのですが、
どうにも以前に自分で見たネット上の数字が気になり返事を少し待ってもらうことにしました。

そして、やはりネットで見てみると「プロモーション」はまだ継続中。

銀行を再訪、その旨を伝え一緒にネット情報を確認してみることに。

すると、
「あっ、本当ですね。私個人に本社から送られてくる業務情報には載っていなかったものでしっかりチェックしていませんでした。大変失礼いたしました。」

と。
銀行に限らず電話会社、鉄道会社、その他生活する上で必要なもろもろの事に関して常に自分で情報を得、チェックを怠らない様にしないと、気付かないところで損をしていることもありますので気を付けて下さい。
 

0 コメント

2014年

3月

13日

フランスの派遣会社事情

派遣労働 ( interim )


 フランスの「派遣労働者」の呼称は 「一時的(臨時的)労働者」 ( travail temporaire )。

* 基本的に「派遣労働者」と「正規(無期)労働者」の相違 (法律上均等待遇 が原則 ) が「期間の定めの有無」に集約されている為。

 

法律上均等待遇 =

就労期間中の賃金や社会保障などの労働条件は、派遣先企業内の同様職種・地位の労働者と同等の扱いを受ける。

 

フランスの労働契約は大まかに分けると次の二通りになります。
① 「期間の定めのない雇用契約」( CDI : Contrat à durée indéterminée )

② 「有期雇用契約」( CDD : Contrat de travail à durée déterminée )

* 派遣労働者は後者のカテゴリーに入ります。

 

派遣という雇用形態が見られるようになったのは1960年代。
労働者派遣を規制する法律が制定されたのが1972年。

そして2008年にはフランスにおける派遣労働者数は労働人口の2.1%にあたる60万人強を占めるまでになりました。


派遣労働者の利用事由としては以下のものが挙げられます。

⑴ 恒常的業務ではないこと

⑵ 病気等で休んでいる社員等の代理要員

⑶ 一時的な増加業務 ( 季節労働等 )

⑷ 本来的に一時的な業務 ( 船舶修繕、引越、映画制作等 )

⑸ 雇用政策上の措置 ( 失業者の求人の促進等 )

そして

派遣期間は 上限 18ヵ月、更新1回可能

( ただし、他の雇用者の代理要員及び安全 確保のための緊急作業は9か月 )

 

派遣禁止業務としては
⑴ ストライキ中の労働者の代替 等

⑵ 危険業務 ( 例:特定の化学物資が放出される業務、核物質・放射 性物質のある現場における業務等 )

 

派遣期間は1週間や2週間単位の短期契約が多 数を占めているのは 「 不安定雇用手当制度 」 が影響しているのではないかと。

「 不安定雇用手当 」 は、派遣労働者等に対するセーフティネット。

: 契約終了後、派遣先との間で期間の定 めのない労働契約が結べない場合及び次の派遣先が決まっていない場合には、派遣元から 派遣期間中に支払われた給与総額の 10 %に相当する手当が不安定雇用手当として支給さ れます。

( また失業保険は2009年1月より、過去28ヵ月に4ヵ月以上労働した人が受給できるようになっています。)


フランスの派遣労働者の特徴は

グループA : 労働市場に新規参入する若者

グループB : 資格がなく他の仕事に就くのが困難な労働者 ( 年齢は様々 )

グループC : 専門的な集団で派遣労働という職種を自ら希望して選んでいる人々

 

また以下の様にも分類できます。

㋐ 単純労働者のグループ : 資格がいらないが、労働条件が厳しい。
㋑ 有資格労働者のグループ : 高学歴で資格を有し、職業上の技 能も有している

* 例 : 医療分野における派遣労働者等。

 

派遣労働のコスト

派遣先 は

・ 本来正規社員に支払うべ き報酬 ( 均等待遇原則 )+派遣会社に払う派遣料金

・ 派遣労働者が期間の 定めのない雇用契約 ( CDI )に移行できない場合の不安定雇用手当の費用

を負担しなければいけません。

そのため、企業にとり派遣労働者を雇うことはコスト的には高き、加えて利用事由による制限もあるので安易に人件費の抑制のためだけに派遣労働者を使 用することはできません。

ただ、コストが高くても 有期労働者という点で、正社員よりも柔軟に雇うことができる為、現在も雇用が進んでいるというのが事実です。

 

≪ 地方圏別での派遣労働者への依存率 ≫

 

依存率の高い所

フランス北部のピカデリー( 5.5 % )

オート・ノルマンディー ( 5.4% )
オート・ノルマンディーの南に位置するサントル ( 5.1% )

東部のフランシュ・コンテ ( 5.4% )

 

依存率の低い所

南仏 ( ラングドック・ルーションとプロヴァンス・コートダジュール) ( 3.0% )

パリ首都圏 ( イル・ド・フランス )( 2.8% )

 

パリ首都圏を除くと、派遣労働者の依存率は、北高南低の傾向が見られます。

 

また派遣労働者への依存は、工業(主に製造業 )及び建設業において多く見られます。

* 賃金労働者のうち工業部門に雇用される者は、全産業の22.8%を占めるに過ぎないが、派遣労働者では全体の47.3%が工業に属している。

 

ちなみに派遣に限らず労働者にとっての大切な窓口、雇用局は日本の公共職業安定所(ハローワーク)に該当するサービスを提供する組織で 、提供しているサービス内容は、職業紹介と失業手当の支給、各種求職支援となっています。


ここでは職業訓練も斡旋されています。
理由としては、 若年者が労働市場に参入する際、まず非正規雇用というプロセスを利用 することが多い為。また、資格や学歴のない失業者を労働市場に戻す為にこの様なサービスを行っています。
追加的なサービスとしては社会的(福祉的)サービス、医療サービス、住宅サービス等が あります。

特に医療サービスについては、雇用局へ求職者登録を行う際に、健康上問題がある 場合は産業医による診断が義務付けられているため、重要なサービスとなっています。

 

以前は、

職業紹介 = 国の機関である公共職業安定所 ( ANPE )

失業保険 給付 =

 ・ 失業保険の管理 =  労使により設立されていた公益法人である全国商工業連合 ( UNÉDIC )

 ・ 保険料の徴収 = 地域組織である商工業雇用協会 ( ASSÉDIC )

 

とカテゴリーが分類されていましたが、2008 年2月 13 日の公共職業サービス組織の改革 に関する法律により、ANPE と ASSÉDIC が正式に統合し、雇用局(Pôle-emploi)となり 失業給付と職業紹介の機関が一元化されました。

 

 

以上、独立行政法人 労働契約研究・研修機構 などから抜粋させていただいたのですが、どうでしょうか、、、。

フランスにおける労働の仕組み、何となく分かっていただけたでしょうか。

ちなみに私は派遣労働者として工場で働き始めて2年半ほどになります。
一回の契約期間は2~3ヵ月程。期限が切れる前に契約を結び直す、、、という事を繰り返しながらこれまできています。
工場の閉まる夏の1ヵ月間は契約を結ばないから「18か月を上限に契約更新は1回のみ」というのに当てはまらないのですね。

0 コメント

2014年

3月

12日

フランスの失業率


失業問題はフランスでも残念ながら常に政府の重要課題の一つとなっています。

そしてペイ・ド・ロワール地方の失業率は 9,1 % に達しています( ただし主要都市の 10,4 % と比べると低い部類に入りますが ) 。

私の住むこの Pays de la Loire ペイ・ド・ラ・ロワール地方( 人口 360 万人 )で昨年、経済的理由での解雇の為にハローワークに登録した人の数は 13 548 人 ( 前年比の 18.5 % 増  ) 。
そして 2014 年 1 月の 1 ヶ月間で既に1098人が同じ理由で登録。
 
また 2014 年 1 月末で全く仕事が無く求職している人の数は昨年度のそれと比べて6,4 % 増加。そのうち 21,2 % を占める 50 歳以上の求職率が一番顕著でこの一年で 12,5 % 増加したとの事。

 

この地方での A , B , C 全てのカテゴリーの総求職者数は 278 199 人 ( A : 全く労働なし、 B : 78 時間以内/月の労働有、 C : 78 時間以上/月の労働有 )と 2013 年 1 月のそれと比べると 6,9 % の上昇を記録しています。
( ちなみに私はこのカテゴリーCに入っています。)

それに比べてこの 1 年間の求人数は 154 215 と前年度比の 8,6 % 減。
中でも工業、機械、建築業の従業員数は特に減少、が目につくのは2011 年半ば頃からの派遣社員数の上昇。この四半期で 3,6 % ( 国内平均は 2,6 % ) の上昇が見られるとのこと。
 
という訳で、今回は数字ばかりでしたが、次回はこの「派遣社員」の現状に関して少しばかり話してみたいと思います。

0 コメント

2014年

3月

11日

Châteaubriant での求職


シャトーブリアンに移って来てから、私は派遣会社を通じて工場に勤務しています。

 

観光地シャモニーではほとんどの求職者は 「 当たって砕けろ 」 戦法で、ホテル・レストラン・その他商店などに雇用の可能性の有無に関わらず直接 CV ( 履歴書 ) を持って行き求職の旨を伝える というのが基本で、大抵は成功するのですが、、、。

もちろんこの町でも数少ないながらもシャモニー戦法でパン屋、軽食・喫茶店、スーパーなどに CV を出してみましたが、良い回答を得た所は無し。
小さな町で既に商店では雇用が一杯。「誰かの空き」を狙うしかなく。
観光地でもないのにそんな少ない「空き」にわざわざ外国人を雇うというのは専門職でもない限りなかなかないことなのではないでしょうか。

この辺りでは求職者はまず「派遣会社に登録する」事が基本の様です。
それも出来るだけ多くの派遣会社に。
登録する際には、職歴、希望職種、希望通勤距離、免許の有無などを尋ねられます。が、希望職種に関しては逆にこれだけはやりたくない、出来ないという事を伝えて、それ以外に関しては「問題は無いです、やってみます」と答えた方が良いでしょう。柔軟性を見せるのが大事。
こだわり過ぎるともともと少ない求人の幅をさらに狭めることになってしまうので。

大手の派遣会社では randstad ランスタッド、adecco アデコ、manpower マンパワーがあります。

募集内容には大して違いはないかと思いますが、福利厚生の面でそれぞれの会社によって充実性が違ってきます( その辺りはまた次回お話をしたいと思います )。

求職者はそれぞれの派遣会社のインターネットや右写真の様に外壁に貼られている求人表を見て情報を得ることもできますが、週一回くらいは必ずモチベーションの高さを示すためにも窓口に顔を出した方が良いです。


派遣会社が求人主に求職者のCV+PR書を送り、面接までこぎつけるのがまず一歩。
求職者が直接求人主にコンタクトを取ることはないので、やはり上記にも書いた通り、派遣会社の職員に良いイメージを持ってもらう事 = 強く推薦してもらえる という事につながってきます。

求人主も大抵は数か所の派遣会社に募集を掛けるので、どの派遣会社から労働者を確保するかはその時に状況で順繰りに、つまり派遣会社間で雇用の数がほぼ均等になるようにしているようです。
それなので福利厚生がしっかりしているのでこの派遣会社から職を得たい、とこちらが思ってもそれは運次第。

ちなみに私と彼は同じ工場で働いているのですが、派遣会社は私はAdecco、彼は昨年までの Randstad から工場側の都合で今年から Crit になっています。

福利厚生はそれまでの総労働時間によって利用できるものが決められているので、派遣会社の変わった私の彼はまた0 時間から始めなければいけなく、興味のある物は最低でも450 時間以上、それ以降は900 時間以上からしか受けることが出来ず損をした気分です。

こればかりは工場側の都合なのでどうにもしようがありませんが。

雇い主との面接までこぎつけてももちろん全ての者が採用されるわけではないので、供給よりも需要の高いこのシャトーブリアン、その近郊の町の中でもかなり大きいと言われる ( 賃金もこの辺りの平均より高い )二人揃ってこの工場の職に就けたのはラッキーと言っても良いでしょう。

0 コメント

2014年

3月

10日

釣りのテクニックを学ぼう!!

どんな物を揃えれば良いのか


以下のサイト、初心者向けに良く説明されていると思いますので、興味のある方は見てみて下さい。

http://www16.plala.or.jp/tarcyan/index4f-1f.html


実践テクニック


① 魚に自分の姿を見せない

「 si tu vois la truite , elle te vois aussi  」 と良く言われるのですが、
まあ直訳すると 「 魚を見たら、魚も自分を見ている ( = 逃げらる ) 」 というところでしょうか。

川岸に近寄りすぎるとその存在を察知し、餌にも近寄らなくなってしまうようです。
 
また、立ち姿勢だと光の屈折で自分が見えていなくても魚には自分が見えている可能性もあるので、出来れば少し前かがみになった姿勢、或はしゃがんだ姿勢でいた方が良いそうです。

② 大きな音を立てない

 

歩く時もなるべく振動を立てないように。水に振動が伝わり魚が逃げてしまいます。
砂利道より、出来れば土、大きな石の上を歩くようにした方が良いようです。

 

③ エサ

 

日本ではイクラブドウ虫が適していると言われているようですね。

イクラは市販の塩いくらでも大丈夫とのこと。

 

私達は古典派のミミズ!!
彼の両親の家には自家製堆肥 ( 野菜の皮や食事の残り物などを土に埋めているだけ ) が豊富にあるので活きの良い大きなミミズが一杯いて大助かりしています。

 

* 他の方のブログから拝借

『 渓流魚は、通常上流に向かい、上流から流れてくる虫など待っているので、餌を上流から自然な感じで魚のいるところに向けて流すことをイメージするとよいです。
また、底近くにいることが多いので、底より少し上で餌を流すことをイメージするとよいです。』

④ 魚のいる場所

 基本的には大石の影や木立の下、川底に変化のある場所。

  以下やはり他のサイトからなのですが、かなり納得のいくものなので拝借させていただきました。
 
 * 外敵から身を守れる場所
流れがあっても川底が一枚岩であったり、砂地などの流れが平坦な場所は魚が居付かないことが多い。
*  餌 ( 川虫 ) がゲットできる場所
* 新鮮な水が流れていて気持ちの良い場所
* 日陰になっていて、上から見えにくい場所どちらかと言えば浅場で、大石・小石が咬んでいる場所
* 流れが大きく曲がっている場所
* 浅場から深場、深場から浅場など、水深が大きく変化している場所
* 流れが合流している場所
* 白い泡の流れのある場所
* 滝や堰堤などのチョットした流れの障害物の下流
* 急過ぎるガンガンの流れより、少し緩くなった流れで底から湧き上がってくるような流れの場所


⑤ 釣り方


やはり他のサイトからです。

 

* 竿は上流側に振って仕掛け(エサ)を振り込み、流れに沿って仕掛けを流し、下流側まで流れ切る少し前に、軽く合わせて仕掛けを取り込みます。

* 川原に余裕があれば、仕掛けを流す筋に合わせて川から離れたり、水際まで近寄ったりして、アタリに合わせ易くするようにする。

* 川の水深は一定していないので、仕掛けが流れている場所の深さに合わせて竿先を上げたり下げたりして、なるべく仕掛けが底を流れるようにする。


、、、私も勉強になりました。
次回はぜひこれらの事に注意してみたいと思います。

  
  

0 コメント

2014年

3月

09日

La pêche à la truite Day 2 鱒釣り第2日


鱒解禁日から一日明け、今日もかなりの晴天だったので再び釣りに出かけて来ました。

2 週間程前に解禁日の為に大量に鱒を放流しているのでまだまだいるはず!!


今日トライしたのは同じ Loire-Atelantique 県内、Châteaubriant から 14 km程にある Soulvache スールバッシュという村近くの川の支流。
昨年も解禁日明け近くにやはりやって来て鱒を釣り上げた記憶があるので、期待大。

しかしそれにしても、ここは村の名前が示しているように ( と言っても私が勝手に解釈しているのですが ) 牛が一杯、、、。私たちが釣りをしているこんな水際の近くまで。

Soulvache........ 

 soûl 「  酔った 」 、 vache 「 牛 」
 
本当にこれは自己解釈なのですが、いつもこの村の名前を聞く度に 「 酔った牛 」 のイメージが頭の中に浮かんできてしまいます。

今日の牛達、長雨の続いた後の晴天とあり、人間と一緒ですね、かなり嬉しそうに飛び回っていました。酔っていた訳ではもちろんない、、、はずです。


なんとも美味しそうな乳を蓄えたホルスタイン。

釣りをしながら牛観賞も穏やかな気持ちになって良いですね。



昨日 0 匹だった彼女も鱒ではありませんが、
ローチを釣り上げ喜んでいます。

ただ、やはりかなり小さいので水に返してあげたようです。


彼は昨日鱒 1 匹をゲットしたのですが、それだけでは物足りない!!と牛が近づいてきてもなんのその、その眼は真剣に鱒を狙っていたのですが、、、0 。


そして私の釣りの師匠は、こんなにまでして頑張っていたのですが、、、
今日も 0 匹でした。

そして今回私がゲットした魚たち。
soulvache とは相性が良いようです。
丑年生まれなせいでしょうか?(そんな訳はないですね)

上の 2 匹は待望のTruite ( 鱒 )。体長 31 cm。悪くないですね。

下の 1 匹はコイ科のローチ。 27 cmと比較的大きかったので食用にさせてもらいます。

0 コメント

2014年

3月

08日

L'ouverture de la pêche à la truite 鱒釣りの解禁


3月8日(土)は2014年の鱒釣りの解禁日。

Châteaubriant から車で 1 時間強程の Bretagne ブルターニュ地方はIlle-et-vilaine イルエヴィレンヌ県まで早速出かけて来ました。
集合したのは昨年とほぼ同じメンバー。
地元の親子とその友人、友人カップルと私たちの総勢7名。

通常は日の出の30分前から釣りが可能なのですが、この日だけは午前8時から。
私たちは8時30頃目的地に到着したのですが、既にかなりの人がそれぞれ期待を込めて釣り竿を下していました。

 

 



1 時間程すると友人がコイ科のローチという魚をゲット!!

ただ、骨の多い魚なので ( 小麦粉にまぶしてバターで炒めて食べるのが美味しいとのこと ) 、かなり大きめでないと水の中に返すのが通常 ( 或は大型の魚などの活け釣りに使うことが多い ) 。で、やはり水に返してあげたようです。


その彼女は、、、一生懸命鱒のいそうな所を探していますが、、、なかなか釣れませんね。
結局この日は彼女は 0 匹。


本日の 2 位、 3 匹の鱒をゲットしたのはこの人。

着ているものからして気合が違いますから。
胸まで水に浸かれるウェットスーツを着用しています。

まあ地元の利というのもあるかとは思いますが、、、。



そして堂々の 1 位は 13 歳のアントワン。
昨年は一匹も連れずしょげていたのですが、、、この成長ぶり。
なんと5 匹も!!
どんなテクニックを使ったのか、、、。
是非とも次回享受してもらいたいものです。